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2011年11月14日

ある想念 (^ニ^)

市 (2011年11月14日 12:51) │Comments(10)タクティカルライフ
ばんにちわ〜♪

明日から出かけることになっています、、かなり忙しい日々となりそうなのでブログを書けるかどうか判りません、、なので次号SATマガジン記事の冒頭の部分を載せておきます。これについて皆さんがどう感じるかをゼヒ友(^^)聴きたいですよん。パソ子は毎晩開けると想いますのでコメントを読んだりアップしたりする時間くらいはとれると想います。。
ヨンロシク~m(__)m 市

      ★ある想念★
 どうもこのごろ、ある想念から離れることができず想像にふけっている。
 その心に浮かぶ想いとは、

「宇宙は三次元コンピュータの中にある」

 というものだよ。
 そう、君もワシもコンピュータの中に住んでいるという想像だね・・・。

 無の世界には時間と空間が無いとか、
 宇宙は無限だとか、
 数学に弱いワシには、どうもそういうことはピンとこない・・・
 けど、この宇宙のすべてが一基の三次元コンピュータの中に存在していると考えれば想像しやすくなる。
 ゼロだとか、存在だとか、無限だとか、光速だとか、銀河だとか、そういったこともコンピュータの中になら存在させやすいという気がする。
 動物にはDNAというものがあって、年代を経るに従って環境への適応力が増してゆく。では、現世で得た情報はどのように次世代に継がれるのかといえば我々には進化のバトンタッチの場面は見えない。人々は何も残さずにただ死んでゆくように見える、が、だんだんに進化はあるらしい。
 様々な動物たち、とくに魚類を観るたびに想うことは「これらは入念にディザインされている」ということ。「誰かが意志をもって創造したに違いない」と、そう想うのはワシだけではないと想うのだね。
 創造の主を「神」と呼んでもよいと想う。ただしその神は教会や山や空にいるわけでなく、人間とコンタクトなどする気もなく、ただコンピュータの中に浮かんだ宇宙を次元の彼方から眺めているだけかもしれない。

 三次元コンピュータ内の宇宙の一点に生きる我々は、太陽という燃える星の熱によって生かされている。地球という星の上に引力で張り付けられながら眠ったり起きたりして飲み食いをし、排泄をしながら喜怒哀楽のドラマを展開する。そして、それほど長くもない年月を生きて死ぬ。 
 それでいて、我々はこれは現実だと想っているが、本当のところは現実なのか夢なのか、ただの「想い」なのかさえ解っていない。
 この文章を読んでいる君が「これは現実世界で現実に読んでいるの?」と問われてもイエスだなんて断言しにくいものがあるハズだ。
 だいたい書いているワシからして、今が現実なのか夢なのかはっきりとは解らないまま成り行き的に書いているんだからね~。
 夢を見ているとき、これは夢なんだと意識できることはきわめて少ないよね。
 時々ワシは亡くなった父親がひょいとやってくる夢を見るんだが「ああ、生きていたんだ~」と何の疑問も持たずに話をするよ。とんでもない夢のストーリーでも「ああそうなんだ」と信じてしまうよね。だから起きている今見ている光景が夢の本流なんだと考えても、その否定は難しいと想うんだな。
 どうしてワシがそのように想ったのかといえば「無限」という言葉のせいだ。この世に無限なんてあるハズがない・・・無限を作れるとしたらコンピュータの中だけではないだろうか・・・と、そう考えたわけだね。
 それと我が家の風呂は外にあり、夜に入ると見えるのは満天の星ばかりで、それを眺めていると宇宙の大きさについて我々は大きな勘違いをしているような気がしてくるのだ。
 なんというか、この宇宙は風呂敷包みに入る大きさなんだと考えても矛盾などまったくないような気がしてしょーがないんだね。

 この想念は、じつはまったくワシの妄想で的外れなんだろうよ。でも、そうではないと証明することも難しいような気もするんだ。

 ただ、不思議なのは「人間ってなんとオカシな動物だろう」ということ。そんな立派なコンピュータに住んでいるのならもっと賢くてもよいと想ってしまう。こんなにイーゴウが強くて見栄を張って憎み合って殺し合っているなんて変だと考えてしまうんだよ。
 とはいえ、三次元コンピュータの中での摂理に「弱肉強食」というテーマがあって地球の動物たちもすべてがそうであると考えるならば納得できるものでもあるよね。
 で、もしも小説や映画で、平和な家庭で毎日が平和でどんな事件もおこらず一生を幸福に生きた人を描いたとしたら観衆は大喜びしながら読んだり観たりするだろうか?
 いがみ合いもなく、争いもなく、闘いもなく、戦争もなく、義理や人情もなく、迷いもなく、挑戦もなく、苦労も勝負もなく、ヒドイ目に遭ったり泣いたり笑ったりもないとしたらオモシロイだろうか?
 物語をオモシロクするのは「葛藤」という人と人とが互いに譲り合わないハナシで、これがないと興味を持てない、というのが我々の性格なのではないだろうか?
 我々の多くは「残酷」を心から嫌うが、じつは残酷な世界を心の奥で受け容れているのではないだろうか?
 それはなぜかといえば、三次元コンピュータの主が「弱肉強食の世界」を創造したからだと考えるのはどうなんだろう?
 残酷の最たるものは戦争ではないかと想うのだが、人類は戦争を止めようと何世紀も叫びながら生きてきながら戦争が止まる気配などまったくない。いくら戦争をしても地球人口は増えるばかりで、近いうちに第二次大戦を上回るような戦争が起こりそうな雰囲気になってきた。
 文明国でも人々の生活が苦しくなってきた。不満な人々が大声を上げ始めた。普通の人も乱暴になってきた。犯罪も増えてきた。国と国との間が険悪になりつつある。好戦的な国が力をつけて領土争いをしかけている。
 今や、三次元コンピュータ内では地球ドラマに人気が集まっているような気がする。

 で、たとえばワシの想う三次元コンピュータは人間の感覚で言えばサイズ2mくらいの球体で宙に浮いて回転している。内部は無限域なので飛び交う光の速度は止まっているように見える。ようするに宇宙の大きさは直径2mであり、時空を超えたその距離は地球生物にとっては無限と知覚されるわけだ。
 その球の内部には宇宙のすべてが存在し、多くの銀河や星雲などが回転しながら明滅している。宇宙の内部を鑑賞したければ天球座標のコントローラーによって瞬時にして想うがままの星座に行けるし、選んだ星の上から内部までつぶさに観測できる。拡大機能を使えば魚の模様の観察から電子のスライスまで可能というわけ。
 我々の銀河が一周するうちに何代の人間が入れ替わるのか知らないが、かれらにとっては銀河の回転はコマのように速いわけで、光速を超えるというよりも次元を超えたワープのような動きをしている。

 そもそも、その三次元コンピュータにスイッチが入る前は球体の中には何も無かった。あるのは無であり、時間と空間も無かった。
 セットアップがなされ、エンターボタンが押されたとたんに時空が発生し大爆発が起こった。その爆発はどんどん広がり多くの星雲や銀河を創りながら広がり続けた。やがて計算通りにあちらこちらで生命が発生する。地球上ではそのときの条件に合った生物が無数に現れ、増えたり消えたりしながら適応できる生き物が残っていった・・・。

 う~ん・・・しかし、宇宙の想像主とはどんな生き物なんだろうかね~??・・・
 意外にも我々は死んだら出番の終わった役者のように、からりと彼らの一員に戻るのかもしれないね~・・・。

 少なくとも、どんな不幸があろうと、どんなにミジメな人生になろうと、本気でクヨクヨしたりなんかしないで、ひたすらに天命を待つことが「Be STRONG」の精神ではないかと想うのだけど、皆さんどう想います?


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この記事へのコメント
お久しぶりです。

三次元コンピュータのお話、興味深く読ませていただきました。
確かにその通りなのかもしれません。
大きなコンピュータの中で創造された種であるといった考え方は反論される方もあると思いますが、それが「間違いだ」と決める証拠もありません。
あるのは人類が今までの短い歴史の中で得た限定的な数値のみですから。

私はと言いますと「宇宙=生命体」だと子供の頃から想像しておりました。
宇宙に関する本をいくら読んでも私の「宇宙=生命体」といった考え方は変わりませんでした。
生命体は人類が宇宙と呼ぶ生物の一、細胞の中に共存しているウイルス的な存在だと考えています。
生物宇宙は成長しているわけで、当然ですが細胞分裂を繰り返します。
ですので宇宙は人類から観ると無限に感じられる・・・
人類とゆう名のウイルスは自ら悪玉ウイルスと化し自滅していく・・・
これが中学生時代から想像する私の宇宙観です。

現代科学からみればトンデモ理論であり、失笑されて終るでしょうが、宇宙全体像が分らない以上、正解も無いと思います。

市郎さんの考える宇宙観も私の考える宇宙観も我々は別の生命体あっての存在だとゆうところに共通点があり、もしかすると人類は自分達の想像外の事柄に対しては他の生物(俗に言う神?)の存在で解決するようにプログラミングされているのかもしれません。

歴史上、数多く現れた神的な存在は全てが宇宙に起因しているのかもしれません。

私も無くなった父が夢に出てきた事があります。
それは私の願望なのかもしれませんが、私も何の疑いも無く亡くなった父の存在を夢の中では受け入れておりました。
人類は何でも受け入れられる柔軟性をもっていると思います。
しかし、それをイーゴウが邪魔します。

なんとも摩訶不思議な生命です。
Posted by EY at 2011年11月14日 14:08
お疲れ様です。

今年は何故か方丈記に呼ばれ、内容をみて、今年の日本と合致するなぁと驚き、そして、寒さに凍えまさに息を引き取ろうとしている蛾をみて、この状態を知らない人を含めた存在はどれだけいる?
認知されなければそれはその存在を知らないものにとって存在しない無なのだろうか?
では、もう冬も近いのに気まぐれな陽気にのそのそと出てきてしまったキアゲハが葉っぱをかじっている姿、翌日消えたキアゲハは?かじられた葉っぱの意味は?などと存在と認識に思いを馳せ、これが森羅万象?とカップラーメンに宇宙のエキスを想像しておりましたら、市郎さんがなんとも漠然としたお話をされております。

MIBという映画では私たちの宇宙は異星人のビー玉みたいなものでしたね。
アニメ、ゼーガペインは実体を失った人間が意識をコンピュータに量子化して存在させ、ループする時間を記憶の抹消を伴い繰り返してました。色即是空、空即是色、無限を拒む人間という存在が描かれてました。

ビッグバンに対してビッグクランチ(うろ覚えです)という収縮の世界の示唆もあり、引いては寄せる波の様に宇宙が膨張を再開する度、我々は何度も同じドラマを繰り返しているという話もあり、人間の記憶というデータにバグが出て、それだからデジャブやら、正夢があるのかな?なんて想像をしてます。

…ながなが書いて回答になってませーん(T_T)

ですが、
>ひたすらに天命を待つことが「Be STRONG」の精神ではないか

痛く感銘を受けるお言葉です。

今月で5年、嫁と母親に養われ、活発な社会から離れた人生を過ごしておりますが、ジタバタしても仕方ないでしょうと暖めて頂き感謝しか出来ない日々。
去年の5月より軽い仕事を行うなど出来ることも徐々に増えるなか、来年はどうなるのだろうか?と五里霧中ななかで、嫁の親戚より頂いた、自分の運命を全肯定出来るかが鍵でしょうという言葉。
さらには此度の市郎さんのBe STRONGとは。

あるがままにという気持ちが強まりました。

市郎さんの此度の文章、コピーさせてください

じっくり、考えさせて頂きたいです。

追伸:であいという言葉を漢字で使えないので文章苦戦しました。
ミリブロは規制厳しいですねf^_^;
Posted by むうた at 2011年11月14日 15:01
市郎さんの想念、わかる気がします
地球は何かの実験場の様な場所、もしくは人ならざる存在の娯楽的な場所じゃないか…
って思った事あります 市郎さんの仰る三次元コンピューターには弱肉強食と矛盾もプログラムされているのではないかとも… 人間は物凄い残虐性を秘めていながら真逆の無償の博愛性をも持っていますから もし三次元コンピューターの管理者がいるならそれは過去に肉体を持っていたけど争いやエゴを捨て去る為に肉体をも捨て去り精神のみの無限の存在になったものかな?と…
Posted by 圭太 at 2011年11月14日 15:39
インテリジェント・デザイン説とグノーシス主義ですね
そういうことはあんまりおおっぴらに言わないほうがいいですよ
変なのが寄ってきますから
Posted by 通りすがり at 2011年11月14日 15:48
おひさしぶりです。
先日はタニパの黒とブラウンを購入させていただいて、早速ストラップを付けてデジカメやSUREFIREを入れて使っておりますw もちろんタクレットNも予約させていただきました! 今からすごく楽しみです!!

ところでイチローさんの宇宙論、楽しい考えだと思いますw 実は僕も宇宙は実は物凄~~~~く大きな生物の細胞の一つに太陽系を含む銀河系が入っていて、我々はその中で(その生物にとっては)細胞が入れ替わる刹那を生きているのではないか?? などと夢想したりしていますw
Posted by JINGO at 2011年11月14日 17:55
イチロー様こんばんは。
秋の夜長に哲学するのは楽しいものですよね。

これはある本の受け売りですが、
自分は生理食塩水の水槽の中にプカプカ浮いた脳だけの存在で、
そこに繋がれたコンピューターから送り込まれる様々な情報を
現実の出来事として認識しているのだということ。
そして、誰もそれを有り得ないと証明することは出来ないということ。
そんな考え方があることを大変面白く感じました。

この世界が「本当は」どうなっているのかという問題は
遥か紀元前の昔から考えつくされているのに、
誰もその心理に辿り着いていないんですよね。

宇宙の創造主がいったいどんな存在なのかと問うのは、
自分が認識しているこの世の真実を問うことでしょう。

決して答えの出そうにない思考の海に心を漂わせるのは、
とても楽しく有意義なことですよね。

人生の大先輩であるイチローさんと、
いつかそういった議論をしてみたいと強く思っております。

ついでに書かせていただきますが、
イチローさんという存在は、それを知る人にとって
劇薬のような存在なのだと思います。

正しく服用すれば素晴らしい効用を示すものの、
取り扱いを誤ると恐ろしい副作用を及ぼす危険な薬。

でも劇薬そのものには悪意も善意もあろうはずが無く、
それを手に取る人がどうなろうと、
あるがままに存在するだけ・・というところでしょうか。

まだ若く、価値観の定まっていない状態で
服用してしまうのは特に危険ですね(笑)
口調や物腰、そして口髭と、上っ面だけを真似て
イチローさんの劣化コピーのようになった人間を
過去何人か知っていたりします。

気に入らなければ無視すれば良いだけなのに、
黙って通り過ぎることが出来ないほどの
強烈な存在感を放っているのがイチローさんです。

そういった意味では、路傍に咲いた一輪の、
怪しくも芳しい匂いを漂わせる大輪の花のような存在と、
そういった考え方も出来るでしょうか。

ちなみに私、仕事絡みで過去に何度か
イチローさんとお会いしたことがあるのですが
(きっと覚えていらっしゃらないと思います)、
ある原因により、一歩引いたスタンスでお話し出来たので、
その強烈な磁力に取り込まれずに済んだような気はしております。

そういう意味で、私はイチロー信者ではないつもりですが、
小学生の昔からGun誌をしゃぶり尽くすように熟読し、
チャレンジャー、コンマガ、SATマガと読み続けている
私のような人間が、イチローさんの影響を受けていない筈も無く(汗)
ただ、ニュートラルな考え方だけは持ち続けたいと思っております。

無意味に噛み付く必要はどこにもありませんが、
イチローさんの仰ることはすべて正しい!
イチローさんのおかげで目が覚めました!(涙)
・・と言うばかりでは、それこそ信者の集まり。

イチローさんのお言葉をしっかり咀嚼し、
己の価値観と照らし合わせた上で飲み込むこと。
これこそが本来望まれている有り様ではないかと
未熟ながら考えている次第です。

でもこれ、以前からイチローさんご自身が
何度も書かれていることですよね。

と、哲学的なことを考えるのは無理があったようで
すっかり取り留めの無い話しになってしまいましたが、
イチローさんの心理に対する想念を拝読し、
思わずキーを叩いてしまったことをお許しくださいませ。

今後も陰ながら応援させていただきます。
Posted by カズヤ at 2011年11月14日 23:53
パッと鮮烈なイマジネーションが脳裏に浮かぶことがありますね~。科学的に正確かどうかではなくて、「世界の有り様」の模式図のようなものが。
かくいう私も、かつて量子力学が段々と一般的になってきて、電子やら中性子よりも小さな粒子がどんどん発見されていた時代に、ふとこんなことを思い浮かべたものです。
「一体、この世界に存在するモノはどこまで小さく分解することができるんだろうか?・・・いや、待てよ。逆にこの世界そのものが、もしかしたらより大きな世界を構成する一部に過ぎないのかも知れないな。で、その大きな世界はさらに上位の世界の一部でしかなくて・・・」
とまあ、無限に続く階層世界の図が頭に浮かんで、非常に不思議な気分になったのを覚えています。ファンタジーでしかないのでしょうが、ちっぽけな存在でしかない自分が、世界の有り様に思いをはせる・・・という行為そのものが面白いのです。
この世が現実か、はたまた幻か、実は確かめる術はありません。「我思う、故に我有り」なんていいますが、そう思っている自分自身、誰かの夢の登場人物でしかない可能性もあるわけで・・・。
生ぬるいブッディストである私としては「梵我一如」なんて言葉を思い浮かべたりもします。この世界の創造主という者が存在したとしても、意外に私たちの存在自体に気がついてなかったりするのかもしれませんねぇ。
ともかく、私としては世界の有り様に思いをはせることは、同時に自分の力の無さや存在の小ささを再確認することに他なりません。で、結局「自分の実在が不確かであったとしても、とりあえず一生懸命生きてみよう。そして、両手が届く範囲にいる人ぐらいは何とかして守れるようにがんばってみよう」と思うわけです。
あれれ?何だかんだいって、いつも同じようなことを言ってるような気がしますね、私(笑)。
Posted by ルシファ at 2011年11月16日 23:08
お疲れ様です。
10月1日00:59
この様な文章を頂きました。私の思想の師範の方です。

出版の編集をされておられる方で、世界中のそういった方々とやり取りされており、私には雲の上の人です(>_<)

哲学のなかでは、この世界をどう考えるかの方法にしたがって、大
まかにセクション分けがされてます。
「認識論」というのは、人間がこの世界をどう知覚して、認識し
て、理解するかを、内在的に考える学問です。
「存在論」というのは、「存在とは何か」それ自体を問う学問で、
なぜ人間が、宇宙が実在するのかを、反省的に解明するものです。
だいたい、「認識論」と「存在論」の二本柱で、哲学の歴史は構成
されています。

「認識論」の一番の代表者は18世紀のカントで、人間はどこ
まで、何を主観的に・客観的に認識できるのか、その理性の能力の
限界を画定しようとしたのが『純粋理性批判』という本です。

「存在論」の代表者は、20世紀のハイデガーで、『存在と時
間』というのが主著なんですが、ハイデガーはプラトン以来の
2500年のヨーロッパ哲学を集大成した超大物で、『全集』が100
巻を超えるような超天才です。
でも、ハイデガー自身は、端的にいってファシストで、ヒトラーのナチが
1933年に台頭したとき、ナチはすばらしいといって、礼讃したのでした。
20世紀最大の哲学者がナチだったというのが、ヨーロッパの歴史の
最大のスキャンダルというか問題なんですよ。

たとえば、夜中にひとりぼっちでいて、沈黙のなかでときどき神経
をすましてみると、なんでこの世界は存在してるのか……って思う
じゃない?
この宇宙には、何の根拠も始まりもないし、神様を見た人間もひと
りもいないでしょ。
そう考えると、突然巨大な無が開けてきて、身震いするくらい恐く
なるでしょ。

この世界=自然が「存在する」という出来事それ自体が、吐きそう
なくらい、全く不可解な恐るべき神秘であり、事件であるわけです。

そんなことばかり考えてたら、人間は生きていけなくなるよね。
だから、普通の人は、そういうことを考えないようにするために、
日々あくせくとビジネスに精を出したり、ゲームで遊んで気晴らし
してるんです。(「気晴らし」っていうのは、パスカルの用語です。)
でも、この世界に残酷に投げ出されて、生命を与えられてしまった
からには、その「神秘」自体の意味を考えることが、実は人間がな
すべき最も根源的な仕事ですよ、というのが、ハイデガーの思想です。

ただ、ハイデガーの場合、この「存在」という出来事そのものは、
決して暗くて虚無的なものではないです。
むしろ、「存在」は無限に輝きわたる光のように「贈与」されてい
るものであって、人間は「存在」を思考することによって、この世
界のあらゆる美しい芸術に与ることができる、というふうに、肯定
的に捉えます。

「〜〜教の神様」というような、ある特殊な神様ではなくて、この
世界そのものを成立させている不気味な「神のようなもの」に人間
はひざまずき、それを言葉にもたらして言祝ぐことが哲学の役割だ
とするので、そういう神懸かり的なところが、ハイデガーがナチに
興奮しちゃった理由です。ドイツ民族が一丸となって、自らの美し
き足跡を存在の歴史に刻んだのだ!みたいなことになって。・・・
あとで政治的に後悔はするんだけど。

だから、「存在」について哲学するときは、今はハイデガー抜きに
はできないことになっています。

大事なことは、「存在」について考えると、気持ち悪くて酔っぱら
い状態になっちゃうけれども、それ自体を楽しんで肯定するという
ことです。
ニーチェが「ディオニュソス(バッカス、酒の神)的なもの」とか
「運命愛」と呼んで勧めたのは、そういう精神です。

この世界を生きていて「楽しい」という感覚は、私個人に贈与され
たものとしての「存在」の奇跡を、そのものとして一発肯定できる
かどうかにかかっています。
できない人は、自分自身の小さな歴史(対人関係とか、仕事の失敗
とか)のトラウマに囚われて、くよくよして、社会的に鬱になって
しぼんでいくだけでしょう。
でも、「存在」を肯定できる人は、この世界に何が起こっても、そ
れは「必然」だと分かっているから、社会がどんなであろうとも動
じません。
どんな悲しいことが起こっても、それは「存在」に贈与された必然
なんだから、従順に受け容れて、涙が乾くまで泣けばいいだけです。

ハイデガーは古代ギリシャの、ソクラテス以前の詩人哲学者たちが
大好きなんだけど(ヘラクレイトスとかパルメニデスとかアナクシ
マンドロスとか)、そういう哲学者たちは、ただただこの世界の存
在という驚異に怯えた人たちです。
当時は科学もなかったので、世界の根源は「火」だとか「一者」だ
とか「無限定なるもの」だとか、抽象的な言い方をしたんだけど、
それは結局はすべて、「存在」を説明したものです。

この世界を折り畳んでは繰り広げていく無限の襞と脈と神経系と、
成長と廃滅と排泄と摂取は、ひとつの卵みたいに栄養満点な歴史過
程だし、ふたつのおっぱいみたいにやわらかく実在しているし、す
べてが機械的で、自然で、必然的にできているので、とても美しい
な〜とは思わない?
ここが、せいぜい人間の知性の極限でもあるし、人生のキモですよ。
Posted by むうた at 2011年11月17日 14:46
ハウディー!

「ある想念(^二^)」

このタイトルをみて、

”クナイの新色が 「あるソウネン」”

・・みたいなノリを想像して、

読み始めたらば・・

ひーっ!ムズカシイ~(@O@;

(^二^) ←キミ出てこないじゃん!!(八つ当たり)

まだまだ咀嚼が足りなソウネン・・。



”イチローさん” と ”宇宙” で思い出すのは、

「SOF THREE GUN MATCH」 レポートの冒頭。

「・・・なにしろネバダの空の上には、
すぐに宇宙がバーンとあるのだ。
小さな人間のチャチな価値観など
音もなく空に吸いとられる。
アホになるのもイイもんだ。」(byイチローさん)

この時、タンクトップ姿で

コーヒーを飲むイチローさんのカッコいいこと!

カッコいいこと♪

ウデの太さと肩幅の広さに、

ビックラこきますたよ (゚▽゚;)すんげーっ!

伊達市彦か?(〃 ̄ー ̄〃)ニヤリ


でね、

おいら、アタマの上にあるのは

”空”と思っていたんだすが、

”宇宙”という見方は楽しいだすねー!

それ以来、たまーに”宇宙”を味わってるだす♪


建物や、木や、電線が無いトコロを見つけて、
(校庭は、なかなかオススメだすよん・・って不法侵入?)

宇宙を見上げる。 ジーッ (@ ̄_ ̄) ・・・・・

少々、首が痛くなってきても、

じーっとホシを見る。 ジーッ (@ ̄_ ̄) ・・・・・

ずーっとホシを見る。 ジーッ (@ ̄_ ̄) ・・・・・

ずーっと、ずーっとホシを見る。 (@ ̄_ ̄) ・・・・・

キモチが凹んでる時に、

コレをやると、

スーッと穏やか~になるだすよん。
(またカミさんに怒られたのか?)


イチローさーん、

いつか、マリポサの広~い空の写真をお願いしま~す。
Posted by マルパソ at 2011年11月19日 10:02
 お世話様です。
今日は標高400mぐらいまで、雪でしたね~ (**)
冬の足音が直ぐそこに。 聞こえてきましたね~ (~~)

さて。こーゆー難しい話は日頃、むうたさんにお任せなんですがね~ (^^;
たまには自分の空っぽの頭を絞って!? 考えてみましたね~ (@@)

昔読んだ本に、この宇宙は原子と同じだと!?
なぜなら、原子の構造は原子核の周りを電子が回っていますよね~ !!
水素なら原子核1に電子1。 そーです! まるで地球と月みたいですね~ (^0^)

中性子はどーすんの!? あ~その~ (・・;)

中性子の事は ・・・・・・・。 むうたさんに任せて (^0^)b

太陽と地球をふくめた惑星を見ても、原子核と電子みたいですよね~ (^^)
ですからこの宇宙は何かの物の一部で!? 
むうたさんが言っていた、MIBという映画はその物がびい玉だったわけで!
もしかしたら、今叩いているキイボードのキーかもしれませんね~ (?_?)

あ~ダメだ~ (++)
頭から煙が出て来ましたね~ (><)
自分、顔は良いんですが!! 頭と腰が悪いんですね~ (^皿^)
後はむうたさんに任せて!! 自分はヤッカイ山を飲みながら。
この広い宇宙のどこかに居る生命体に、思いを馳せましょーかね~ (^〇^)/▽
Posted by KOー1 at 2011年11月21日 20:22
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