2019年07月15日
哀しみの果てには輝く人生があります
市 (2019年07月15日 02:35)
│Comments(7)
│語りのプラザ
「じつはね、昼のご飯を食べられないことよりも、もっとずっと辛かったことがあるんだよ、それはね、クラスのみんなに自分が弁当を持ってこられないほどに貧乏だということを知られたくなくてね、ランチタイムになるとソッと皆にわからないようにクラスルームを抜け出すんだよ。」
それを聞いて小生が小学5年生の頃の転校生の女の子の事を思い出しました、ほとんど何もしてやれなかったんで封印していた記憶なんでイチローさんから酷似した話をきかされてフラッシュバックしました。
小学5年生の小生が家の用事で早退し帰路を歩いていたら、学校から200mほどの資材置き場で角材の上に見覚えがある女の子が座ってるんです。 ゆっくりと近づいて俺って同じクラスなんだけど分かるって聞いたらコクリとうなずいたので飯食ったのって聞いたら首を横に振りました。 だもんで小生は分かったから少し待っててと言って道路の向こうの商店のオバちゃんに相談に行きました、そこで持っていた小銭入れでオバちゃんに同級生女の子にパンと牛乳届けてくれる話をつけて帰宅しました。 女の子は父親との二人暮らしらしく、このことを知ったクラスメートの女の子たちが後日から昼飯の時は一緒に分け合ってランチを食べてくれたらしいんです。
でも後日この事がPTAの奴らの耳に入ったらしく父親は糾弾され同級生の女の子は転校して行きました。 その後、隣町の小学校で彼女は学んだと風の便りで知りました。
「自分に苦しんだり悲しかったりした経験がないと、その人の心が解らないものです。」だもんでイチローさんの仰る通りで財力、簡単に言うと富裕層たちには上から下を見る事は出来てもソノ逆は無理だという事なんです。 良く世間で2代目や3代目の社長が所帯を潰すと言われるのはコレなんですね。 だから「若い時の苦労は買ってでももせよ」と言われるのですね。 そんな事をふっと思い出した小生でした。 それでは、また。
mightyshrikes

マイティー君も優しい性格の持ち主ですね。
これは良質なDNAだと想います。
そして人格も磨かれている。
そう・・・
ド貧乏からくる様々なカタチの厄災・・・
それによってイーチの心はいまだに傷ついたままなのです。なので、夕暮れの風景を見るたびに心が疼きます。
壮大でゴージャスな夕日が沈むと、遊び仲間たちは暖かい家にもどり、イチは独りして暗がりに残されます。夕食のない寒々とした夜がくるのです。電気が切られた時もありました。
なんと小学1年のころには水道さえ止められたこともありました・・・どうやってしのいだのかよく覚えていませんが小学生の兄達は畑で芋を盗んでは生でかじっていました。河口で獲った魚や子ウナギやカニも食べていました。大きいウナギは父親が天文館通りの蒲焼き屋に売りに行き、たまには米を買うことができました。
そんな時、
隣の若い奥さんがニワトリの死んだのを持ってきて、これを捨ててきてくれるかと聞いたのです。イチは黙ってそれを受け取り、ゴミの山まで持って行きました。家に戻ると奥さんが庭先で待っており「捨ててきてくれたの?」と聞き、イチは無言でうなずきます。
「ありがとう、これはお礼よ」
と、鹿児島弁ではない美しい響きとともに10円札を渡してくれました。イチはだまったままお礼もいえずそれを受け取り、奥さんが去ったあとになってようやくその10円札が自分に与えられたのだと判りました。今でいえば千円札でしょうか。それでパンや飴などいろいろと買える金額です。
奥さんには3歳くらいの女の子がいて、その子をおいて家に入りました。イチは10円札を両手で引っ張るように持ち、その女の子の周りをぐるぐると踊りながら回りました。にっかにかと笑っていました。
ふと気がつくと、家に入った奥さんが外に出ており、イチを見つめていました。イチはしまったと想い、動きを止めてぎこちなく立ち尽くしました。奥さんは微笑みながら見ており、それで自分は悪いことをしたわけではないと知りました。
そのころはまだ買い物の経験などなかったので10円は父親に渡しました。
甘酸っぱい想い出はたくさんあります。
夕日にむかって佇むごとにそういうシーンが回り燈籠のように脳裏に浮かびます。
2代目3代目は親の財産を食いつぶすという例はこと欠きません。大いに売れて売れまくったみなさんご存知のGun誌も2代目で倒産しました。
カネや財産を残すのではなく、社会に出てお金を稼ぐためのマインドとノウハウを自分の子供たちには教えたいです。
自分がどこかで役立つ人間になること。
誠実であること。
人助けの心と余裕を持つこと。
困難には明るく元気に立ち向かうこと。
こういったマインドは社会を泳ぎ渡るための「強力な武器」となり、これは他人によって奪われることがありませんからね。
ちなみに、イチは今ほど自分が幸福感に満たされたことはありません。サクセスしたランディーとジーン、勉強はそれほどできなくとも輝くような存在のジュンと剣士郎。そして完全に近い自由を得てGUNホビーに没頭できるという環境。
こういう人生を入手できたのは、子供の頃の苦労、そして味わいつくした哀しみの体験によるものだと考えています。イチのフォトには、いつもどこかに昇華された哀愁が混ざっています。アメリカやヨーロッパでは、この香りが評価されていました。
哀しみを知らずして人間を語るのは不可能だ。
イーチェ
それを聞いて小生が小学5年生の頃の転校生の女の子の事を思い出しました、ほとんど何もしてやれなかったんで封印していた記憶なんでイチローさんから酷似した話をきかされてフラッシュバックしました。
小学5年生の小生が家の用事で早退し帰路を歩いていたら、学校から200mほどの資材置き場で角材の上に見覚えがある女の子が座ってるんです。 ゆっくりと近づいて俺って同じクラスなんだけど分かるって聞いたらコクリとうなずいたので飯食ったのって聞いたら首を横に振りました。 だもんで小生は分かったから少し待っててと言って道路の向こうの商店のオバちゃんに相談に行きました、そこで持っていた小銭入れでオバちゃんに同級生女の子にパンと牛乳届けてくれる話をつけて帰宅しました。 女の子は父親との二人暮らしらしく、このことを知ったクラスメートの女の子たちが後日から昼飯の時は一緒に分け合ってランチを食べてくれたらしいんです。
でも後日この事がPTAの奴らの耳に入ったらしく父親は糾弾され同級生の女の子は転校して行きました。 その後、隣町の小学校で彼女は学んだと風の便りで知りました。
「自分に苦しんだり悲しかったりした経験がないと、その人の心が解らないものです。」だもんでイチローさんの仰る通りで財力、簡単に言うと富裕層たちには上から下を見る事は出来てもソノ逆は無理だという事なんです。 良く世間で2代目や3代目の社長が所帯を潰すと言われるのはコレなんですね。 だから「若い時の苦労は買ってでももせよ」と言われるのですね。 そんな事をふっと思い出した小生でした。 それでは、また。
mightyshrikes
マイティー君も優しい性格の持ち主ですね。
これは良質なDNAだと想います。
そして人格も磨かれている。
そう・・・
ド貧乏からくる様々なカタチの厄災・・・
それによってイーチの心はいまだに傷ついたままなのです。なので、夕暮れの風景を見るたびに心が疼きます。
壮大でゴージャスな夕日が沈むと、遊び仲間たちは暖かい家にもどり、イチは独りして暗がりに残されます。夕食のない寒々とした夜がくるのです。電気が切られた時もありました。
なんと小学1年のころには水道さえ止められたこともありました・・・どうやってしのいだのかよく覚えていませんが小学生の兄達は畑で芋を盗んでは生でかじっていました。河口で獲った魚や子ウナギやカニも食べていました。大きいウナギは父親が天文館通りの蒲焼き屋に売りに行き、たまには米を買うことができました。
そんな時、
隣の若い奥さんがニワトリの死んだのを持ってきて、これを捨ててきてくれるかと聞いたのです。イチは黙ってそれを受け取り、ゴミの山まで持って行きました。家に戻ると奥さんが庭先で待っており「捨ててきてくれたの?」と聞き、イチは無言でうなずきます。
「ありがとう、これはお礼よ」
と、鹿児島弁ではない美しい響きとともに10円札を渡してくれました。イチはだまったままお礼もいえずそれを受け取り、奥さんが去ったあとになってようやくその10円札が自分に与えられたのだと判りました。今でいえば千円札でしょうか。それでパンや飴などいろいろと買える金額です。
奥さんには3歳くらいの女の子がいて、その子をおいて家に入りました。イチは10円札を両手で引っ張るように持ち、その女の子の周りをぐるぐると踊りながら回りました。にっかにかと笑っていました。
ふと気がつくと、家に入った奥さんが外に出ており、イチを見つめていました。イチはしまったと想い、動きを止めてぎこちなく立ち尽くしました。奥さんは微笑みながら見ており、それで自分は悪いことをしたわけではないと知りました。
そのころはまだ買い物の経験などなかったので10円は父親に渡しました。
甘酸っぱい想い出はたくさんあります。
夕日にむかって佇むごとにそういうシーンが回り燈籠のように脳裏に浮かびます。
2代目3代目は親の財産を食いつぶすという例はこと欠きません。大いに売れて売れまくったみなさんご存知のGun誌も2代目で倒産しました。
カネや財産を残すのではなく、社会に出てお金を稼ぐためのマインドとノウハウを自分の子供たちには教えたいです。
自分がどこかで役立つ人間になること。
誠実であること。
人助けの心と余裕を持つこと。
困難には明るく元気に立ち向かうこと。
こういったマインドは社会を泳ぎ渡るための「強力な武器」となり、これは他人によって奪われることがありませんからね。
ちなみに、イチは今ほど自分が幸福感に満たされたことはありません。サクセスしたランディーとジーン、勉強はそれほどできなくとも輝くような存在のジュンと剣士郎。そして完全に近い自由を得てGUNホビーに没頭できるという環境。
こういう人生を入手できたのは、子供の頃の苦労、そして味わいつくした哀しみの体験によるものだと考えています。イチのフォトには、いつもどこかに昇華された哀愁が混ざっています。アメリカやヨーロッパでは、この香りが評価されていました。
哀しみを知らずして人間を語るのは不可能だ。
イーチェ
この記事へのコメント
そうですよね。
これから先の子供達にだけは今の時代を泳ぎ切る術をと思うのですが。
それと何でもいいから好きな事、こだわれる何かを一つ自分で見つけ出してくれよと願うんです。
それでは、また。
これから先の子供達にだけは今の時代を泳ぎ切る術をと思うのですが。
それと何でもいいから好きな事、こだわれる何かを一つ自分で見つけ出してくれよと願うんです。
それでは、また。
Posted by mightyshrikes at 2019年07月15日 03:04
アメリカのミステリー作家にディーン・クンツがいます。
この方、バート・レイノルズにそっくり。
この方、幼少期、かなり貧乏でした。
この方、誰に教わったのか私は忘れましたが、大変素晴らしい事を教えてもらっています。
“Living well is the best revenge”
(道徳的に正しく生きるのが最高の復讐)
彼のエッセイで読み、その本はどうやら日本語訳は出ていない様です。
これを読んだのはWindows95が出る前だったと思います。
だからネットなど存在しない頃で長い間タルムードからの引用だと思っていました。
最近調べたら、17世紀のイギリスの詩人ジョージ・ハーバートの言葉だとか(^^;)。
「貧すれば鈍する」になるなって事です。
(これは、中村吉右衛門主演連ドラ『鬼平犯科帳』で知りました(@_@))
「武士は食わねど高楊枝」です。
貧しさ初め困難に負けるな、って事。
まぁ、それが簡単でないから小説だとかドラマが沢山作られる訳です。
『夜と霧』を書いたフランクルはこの本か、『それでも人生にイエスと言う』の中で、
「どんな環境であれ、生き方を決めるのは自分自身だ」
と書いています。
第二次世界大戦中のユダヤ人収容所にフランクル自身収容され、
その中で高潔な生き方をしガス室送りになったユダヤ人と出会っています。
チャップリンは『殺人狂時代』で、
「闇が無ければ星は光らない」
と言っていて、フランクルを読んで衝撃を覚えたもんです。
私はガス室行きになったあのユダヤ人の様に生きられるでしょうか?
この方、バート・レイノルズにそっくり。
この方、幼少期、かなり貧乏でした。
この方、誰に教わったのか私は忘れましたが、大変素晴らしい事を教えてもらっています。
“Living well is the best revenge”
(道徳的に正しく生きるのが最高の復讐)
彼のエッセイで読み、その本はどうやら日本語訳は出ていない様です。
これを読んだのはWindows95が出る前だったと思います。
だからネットなど存在しない頃で長い間タルムードからの引用だと思っていました。
最近調べたら、17世紀のイギリスの詩人ジョージ・ハーバートの言葉だとか(^^;)。
「貧すれば鈍する」になるなって事です。
(これは、中村吉右衛門主演連ドラ『鬼平犯科帳』で知りました(@_@))
「武士は食わねど高楊枝」です。
貧しさ初め困難に負けるな、って事。
まぁ、それが簡単でないから小説だとかドラマが沢山作られる訳です。
『夜と霧』を書いたフランクルはこの本か、『それでも人生にイエスと言う』の中で、
「どんな環境であれ、生き方を決めるのは自分自身だ」
と書いています。
第二次世界大戦中のユダヤ人収容所にフランクル自身収容され、
その中で高潔な生き方をしガス室送りになったユダヤ人と出会っています。
チャップリンは『殺人狂時代』で、
「闇が無ければ星は光らない」
と言っていて、フランクルを読んで衝撃を覚えたもんです。
私はガス室行きになったあのユダヤ人の様に生きられるでしょうか?
Posted by CYPRESS at 2019年07月15日 05:56
お金を残すのではなく、お金を稼ぐためのマインドとノウハウを残す。気付いているようでなかなか気付かない物なんだなと思います。確かに会社も2代目3代目になると急に傾くことが多いです。苦痛を味あわないで苦労を経験させるのが親としての課題ですね。
Posted by @HENLLY at 2019年07月15日 08:00
お世話になります。
渡邉智彦です、心に染みます。
私の実家が寺なんですが、小さい頃母親から
お寺はお金を盛っているっと思われるけど、うちはお布施とかはほんの気持ちしかもらっていないから、
お金は本当にないよ。
と言われた事を思い出しました。事実大変でしたね。親は良く育ててくれたたな、って感謝しています。
友達に金のないぼっちゃんって言われた事がありましたね。
渡邉智彦です、心に染みます。
私の実家が寺なんですが、小さい頃母親から
お寺はお金を盛っているっと思われるけど、うちはお布施とかはほんの気持ちしかもらっていないから、
お金は本当にないよ。
と言われた事を思い出しました。事実大変でしたね。親は良く育ててくれたたな、って感謝しています。
友達に金のないぼっちゃんって言われた事がありましたね。
Posted by 渡邉智彦 at 2019年07月15日 11:32
使い捨て透明な傘が溢れる沖縄にも関わらず、1日のご飯は学校の給食だけという子供が沖縄にはたくさんいます。
そろそろ始まる夏休みは、彼らにとって、いかにお腹を満たすかという生死に関わる大問題です。
2015年12月から、海兵隊が365日休まず子供食堂を始めてくれました。
私は日本人として、これほど恥ずかしく、感謝の気持ちという、とても複雑な気持ちに…
沖縄では、普天間基地(宜野湾市)を名護市辺野古に移設することだけに反対する“オール沖縄”が、耳に聞こえのよい
・時給1000円
・辺野古の埋め立て移設反対
を叫びます。
誰しも沖縄の綺麗な海を埋め立てるのは反対です。
ところが、白浜の綺麗な沖縄の浜辺のほとんどは埋立地であり、活動家が不法占拠している辺野古の浜辺も埋立地
この事実を共産党は封印します。
https://youtu.be/Yu0Janxsqns
この海兵隊 子供食堂の動画を見るたび、本当に涙が出ます。
海兵隊の子供食堂に通えない距離の子供達のことを思うと、胸が苦しくなります。
そろそろ始まる夏休みは、彼らにとって、いかにお腹を満たすかという生死に関わる大問題です。
2015年12月から、海兵隊が365日休まず子供食堂を始めてくれました。
私は日本人として、これほど恥ずかしく、感謝の気持ちという、とても複雑な気持ちに…
沖縄では、普天間基地(宜野湾市)を名護市辺野古に移設することだけに反対する“オール沖縄”が、耳に聞こえのよい
・時給1000円
・辺野古の埋め立て移設反対
を叫びます。
誰しも沖縄の綺麗な海を埋め立てるのは反対です。
ところが、白浜の綺麗な沖縄の浜辺のほとんどは埋立地であり、活動家が不法占拠している辺野古の浜辺も埋立地
この事実を共産党は封印します。
https://youtu.be/Yu0Janxsqns
この海兵隊 子供食堂の動画を見るたび、本当に涙が出ます。
海兵隊の子供食堂に通えない距離の子供達のことを思うと、胸が苦しくなります。
Posted by Bernard at 2019年07月15日 16:11
自分がどこかで役立つ人間になること。
誠実であること。
人助けの心と余裕を持つこと。
困なんには明るく元気に立ち向かう事。
特にイチローさんが述べられた、
この言葉が心の琴線に触れました。
早速、取り入れようと思います。
有り難うございますm(__)m
誠実であること。
人助けの心と余裕を持つこと。
困なんには明るく元気に立ち向かう事。
特にイチローさんが述べられた、
この言葉が心の琴線に触れました。
早速、取り入れようと思います。
有り難うございますm(__)m
Posted by 晴れ晴れショー at 2019年07月15日 20:06
なんは、難でしたね。
失礼しましたm(__)m
失礼しましたm(__)m
Posted by 晴れ晴れショー at 2019年07月15日 20:08
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