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2019年09月09日

二式テラ銃

市 (2019年09月09日 10:36) │Comments(17)てっぽ
二式テラ銃
渡米し、初めて自分のフォトを撮ってもらったのはポートランドの海辺にあるモテールでのことでした。74年4月のようです。

このモテールは友人の両親が経営しており、自分たちのアパートを探す前にここで10日ほど泊めてもらいました。友人は日本人で、子供のころに母親がアメリカ人と結婚することになって一緒に渡米し、ヴェトナム戦争に参加した経験がありました。イーチは、その時のユニフォームをもらって着ていました。

「アメリカでは鉄砲持ってる人が多いそうだけどUの義父さんはどうなの?」

「うん、ライフルとピストルあるよ」

「見せて欲しいと頼んでよ」

こうして初めて触れたのがこの特徴もない安物のボルト5連、そしてブラウニングの1910でした。

それらは、ごく当たり前のように・・まるで包丁や釣り道具のような感じでその家庭に存在していました。

こりゃイイ国に来たもんだ♪
イーチがほくそ笑んだのは当然のことであった
(^O^)

・・・・・・・・・・・・・・・・

やがてポートランドのダウンタウンにアパートを借り、昼間は移民のために開かれる英語学校に通い始めます。一切の費用は無料で、ボランティアの先生たちが実用英語を教えてくれるのです。

しかし持ち金は2800ドルほどと心もとない金額でしたので・・それと早くアメリカ社会に入りたいので夫婦でジャパニーズレストランで働くことにしました。学校が終わったらレストランに直行し、夜遅くまで天ぷらを揚げていました。

そのレストランは大きく、まさに白人好みのきらびやかなものでした。オーナーの奥さんの部屋には10個ほどのカツラが並べられており、60過ぎの彼女が派手な和服とカツラかぶっているのが正視できず、いつも目を背けながら挨拶をしていました。

シェフは、お世辞を言う者には異常に優しく、そうでもない者には辛く当たるという、いわゆる未熟すぎる人間で、いつもボス面でいばり散らしていました。キッチンだけでも十数人が働いており、みんな日本人でした。現地の学生アルバイトもいましたが、自意識過剰者が多くて友達付き合いできそうな人はいませんでした。うちの姉は「日本人村」と呼んでいましたが、たしかに外はアメリカなのに、日本人ばかりが集まるとチマチマした会話や愚かしい自慢話や他の日本人の悪口ばかりで、この村からは早く出ないとまずいだろうと考えていました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ムン大統領がチョを法相に任命。

これで赤化に向けて加速できる。

そんなに赤化を急ぐなんて、
これがホントの「赤化ち」なのね〜(^O^)

冗談はともかく、
まずはあの正義感の強い気骨あるソクヨル検事総長を粛清して血祭りに挙げる、でないと赤化の邪魔になる。チョの妻を虐めたという名目で大学教授も強制労働所に叩き込んで再教育する・・・。そしてムン政府に反対する者は次々と粛清して独裁政権を確固たるものにする。

そのような韓国社会になるのかどうかは韓国民の意思と行動力しだいという前代未聞のターニングポイントにあって、ワタシは二式テラ銃をどうするかということについて考えなければなりません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、
米国日本人村の日本人の90%は小者すぎてお付き合いできない人々ですが、中には立派な意思をもって脇目も振らず自分の道を歩んでいるTUCSONちゃんみたいな人もいます。我がなつかしの日本レストランの副シェフがそうでした。彼の名は「セイさん」九州弁丸出しで料理のやり方をイーチに好意を表しながら教えてくれました。奥さんは現地で結婚した白人女性です。とうぜんのように日本人に欠如している国際感覚というものの持ち主なので、互いのこれからの人生のあり方などについて語り合える仲となりました。

そんなある日、セイさんが
「イチローさん、うちに来んね、夕飯食おや」

それは2回目の誘いでした。

奥さんは小柄で細い美人で、日本人が好きなのだそうです。日本語は片言でした。

「白人女性と暮らせていいじゃないの♪」
「よかけど年取るのが早かとよ〜・・まだ22歳なのに太ももの後ろにシワがあってげんなりすっとよ。だけどいっしょけんめに尽くしてくれっからよかけどさ」

なかなか上手くいってる国際結婚でした。

「ところでイチローさんに話があっとよ」
「ほう、なんね?」
「ミーとルースはジャパンに引っ越すんよ」
「ええっ! ! ないごてぇ〜??」
「アメリカにはインドアプラントが多かで、このビジネスを日本でやろち決めたんよ」

たしかにセイさんのアパートには様々なインドアプラントが所狭しと並んでいました。奥さんの趣味だったのです。それに影響されてウチでも育てていました。

「こげなアメリカの片田舎で板前やっててもウダツがあがらんし退屈なんで2人で冒険すっとよ」

「そーか・・寂しくなるなぁ〜、だけどオイたちもサンフランシスコに引っ越すつもりやから、お互いに気張ろうな」

「そんなこっちゃから、ウチのもんなんもかんも売らなならんとよ、どうね、日本軍のテッポを買う気なかね?」

「ああ、こないだ見せてくれたアレね・・・」

「イチローさんテッポ好きだっちゅうから、持っててほしかとよ」

「いくら払えばよかとね?」

「二本で150ドルでどーね?・・・オイはなんも知らんけど、めずらしか小銃じゃち聞いちょるよ。

「ああ、そんくらいなら払えるから譲ってもらうわ」

当時のイーチの収入の1ヶ月分ほどの金額でした。知り合いの大学教授の月給が千ドルほど。500ドルも稼いでいれば暮らしていけるという時代です。

こうしてイーチは初めての自家銃を得ました。

しかし、当時のイーチは銃に関してもまったくの無知。ピースメイカーとヨンヨンマグナム、コルトパイソンの名前は知っているけど、まだ見たこともないという状態でした。銃がほしいのでやがては買うつもりながら、その目的は「闘いの道具」で、銃はナイフや槍や弓よりも強い武器だから欲しいという浅い認識でした。なので日本軍が使った時代遅れのライフルには興味がなかったのです。

銃に関する無知さはセイさんも同じで、射撃にはまったく興味なし、イーチができれば38式がほしかったと言っても、それはなんなのか知らないというもので、自分が長いこと持っている44式と二式というモノが何なのか知らなかったのです。

「二式はやたらゴツかけど迫力あるね〜」

「よんよん式は短くて可愛かね〜」
イーチの見方もそんな程度です。

ただ、フォトグラファーとしての眼には、それはとても美しく映りました。

二式テラ銃
この鋼鉄の構成美には感動しました。

二式テラ銃
剛直、という印象でした。

二式テラ銃
造りには日本刀のイメージがありました。

二式テラ銃
二式は38式よっかずっと古いもんかな?
38式のほうが欲しいな。
なんで菊の紋章があるんやろ?

これ、本当のことです。

無知は可愛いけど危険ですよね(^O^)(^O^)

ただ「美しい」という理由だけで二式と四四式を引き取りました。

こうして我がアパートにこれらが飾られることとなり、それらは立派なオブジェとして存在感がありました。この力強いディザインはイーチに生きる力を与えてくれるようになりました。

朝から英語学校、夜はレストランのバイト。
クルマもないのでガンショップやデパートに行くのもオックウで、休日は寝てばかり。

でも、これらの銃について知りたくなり、図書館に行って本で調べました。

二式→落下傘部隊の銃。

Take downデキル
と、ありました。

「テイクダウンってどういう意味なの?」

「分解という意味だけど」
と姪の静子が教えてくれました。

「二つに分かれるという意味かもよ」

ふーん・・・じっと見るに、なんだか回せるようなつまみがあり、それは吊るためのリングだと想っていました。

くいっと左に回してみました。

まわるっ!!

まわす、まわす、まわった!!

棒が出て止まった。

これで銃身が留められているみたいだ。

二式の後ろと前を握って引っ張る。

すぽっ

わーーっ!!! 抜けたぁ〜(^O^)

その感動で三日間は喜んでいました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
https://ja.wikipedia.org/wiki/二式小銃
↑今の時代、簡単に情報がえられます。

https://www.gunsinternational.com/guns-for-sale-online/rifles/military-rifles-japanese-arisaka/scarce-ww2-japanese-arisaka-type-2-paratrooper-w-sling-dust-cover-.cfm?gun_id=101263128
値段も簡単に調べられます。
程度のよい二式は4,850ドル

我が家のは、まあ3千ドル。
中級サラリーマンの月給という値段です。

1974年は遠い過去となりましたよ・・・・・・。

ちなみにこれを欲しがっている人は、アメリカとドイツの軍用銃をたくさん集めている人で、いよいよ日本の銃にとりかかるというリッチなコレクターなのです。

そこでワシは、心を鬼にして決定します。

人が鬼になった場合、
二式を売るのか売らないのか???

それが楽しみではありませんか(^O^)/

みなさん、さまざまな意見をありがとうね。
多くのコメントもらえて嬉しいです。
それぞれに正しく、ありがたいことです。

by カネと郷愁のハザマでクルシムイーチ


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Posted by 市 at 10:36Comments(17)てっぽ
この記事へのコメント
アメリカに渡ってからもイチローさんのたゆまない努力と凄まじい行動力が現在のイチローさんを形成されてるのですね。
勿論、観察眼や その他諸々の事もあるのでしょうけれど。
その辺りの事でGun誌やコンバットマガジンや
SATマガジンでは披露出来なかった話などを
今この場だったら披露しても良いという話などがありましたら披露して頂きたいのですが。
可能でしょうか?
Posted by 晴れ晴れショー at 2019年09月09日 10:55
イチローさんの若き日のフォト!
うれしそうな笑顔がステキです!
日本人に限らず同一民族はすぐに集まりたがるきらいが。うちの職場もそうなので。
ベトナム人は辞めた中国人リーダーが大嫌いで言うこと聞かなかったし。日本人は日本人で今まで一緒に楽しげに話してたのにその人がいなくなれば悪口言い放題!あんたら一体何モンですのん?ああ、愚かモンでしたか!笑 みたいな魑魅魍魎の館でやんす笑 人間のはずが異世界の住人になりさがった輩がい〜っぱい笑 正にお化け屋敷でやんす!笑笑 は〜っ。人として生きるぞ!ワタシは!決意のヨッシでした。
Posted by ヨッシ at 2019年09月09日 12:26
希望を叶えて下さり有り難う御座います
m(._.)m
Posted by 晴れ晴れショー at 2019年09月09日 17:14
日本人が群れたがるのは海外に限った事ではなく、
日本でも同様。

北海道へ自転車で一人旅に何回か行った時、泊まるのは旅行好きな方が始めた男女別相部屋の民宿。
この手の宿の主は愛すべき変人(笑)が多く、話をすると中々楽しい。
こういう宿に泊まるのは「類は友を呼ぶ」で私の様な一人旅が殆ど。
一人旅と言うのは、とりあえず(笑)、何でも一人でやらんとならんので変に(笑)自己が確立し、
多かれ少なかれ変人よりになるもんです(笑)。

そこへ2,3人のグループ客が来ると、これが群れる、と言うか他と話さない、馴染もうとしない、
人と知り合おうとしないんだなぁ。
常にコソコソしていて、気が付くと宿を発っていた…


ところで、「国際感覚」って何でしょうね?
Posted by CYPRESS at 2019年09月10日 00:41
物と心の関係なら、

『生物としての静物』
開高健著

かな。
上等な文章は上等な物と同じ様に目と心に心地いい。
Posted by CYPRESS at 2019年09月10日 00:53
ところで、「国際感覚」って何でしょうね?←分け隔てのない心。相手の立場を理解できる人。豹変できる人。自信過剰でない人。劣等感のない人。咀嚼力。美を介するセンス。その他いろいろいろいろいろ♪
Posted by 市 at 2019年09月10日 01:08
さてイチローさんの結論は?。

二式テラ銃。
私の興味の焦点、レシーバーとバレル接合部の部品間スキマはどのくらいなのか?。
この時代の加工精度は如何程なのか?。
手で感じる「ガタ」は存在するのか?。
興味は尽きませんね〜。

日本人は群れたがる。
に該当するかは?ですけど、日常で不思議に思うこと。
ひろ〜い駐車場。となりの不注意な輩からのドアパンチが嫌なのと乗降りし易さから、出入り口から遠くなっても広く空いてる場所に駐車します。
が!、です。
が!、これだけ空いてるのに、わざわざとなりに停めるバ◯がいます!。何考えてんの?。
何も考えてないからなんでしょうか?。無意識に群れようとしてるのか?。
車があると目印になって停めやすい、って話しも聞きますけど、ならもっと固まって停まってる出入り口に近い場所に停めろよ!と思ってしまう。
とにかく不思議。

群れたがる。
これって、古代日本人の生活様式の名残りなんですかね?。
集団でないと生き残れなかった。
でもそうなると、当てはまる国や地域は他には沢山ありますよね?。
CYPRESSさんが書かれたこと、イチローチルドレンの皆さんの中にも経験された方いらっしゃるのでは?。
しかも両方の立場を。
かく言う私も経験あり。やっぱり両方を。
基本的にソロツーリングなんですけど、若い頃は仲間とのツーリングも。
( ん〜。ツーリングとは言わないか?、お山激走だし。)
ソロの時は周りとの繋がりを求め、気心の知れた仲間との時は部外者を嫌う。
和を求め、和を乱すのを嫌う。
結局、私はワガママで変人なだけか。
なんたって、「変わった人ですね」が最高の褒め言葉と思うんですから。
Posted by MIZ at 2019年09月10日 08:40
イチローさんの文章は ホント
面白〜いです。^^
力強くて…
わかりやすくて、
場面が
目に浮かんでくるようなリアルさがあり…
う〜ん上手く言葉になりませんが、グイグイ〜読んでしまいました。

セイさんと奥様はあれから日本で幸せになられてるのでしょうか?笑

テッポは美しいですね〜
家族も大切ですね〜
いろいろ考えますよね〜
Posted by 薩摩小雪 at 2019年09月10日 13:42
イチロー・ナガタ氏の1974年4月のポ-トレイトを見て、思わず嫉妬してしまいました。

1974年アメリカモノのジ-パンの"高額"な事ときたら.....。若い人は知らないでしょう?ジ-パン屋さんと言うデニム専門店があって、そこでアメリカ産のジ-パンを調達する事はかなりの贅沢であった事を.....。

1974年のイチロー・ナガタ氏の足元を皆様見てくださいっ!その頃の日本ではまだ売られていない"スニーカー"にてバッチリと決められているではないですか.....。イチロー・ナガタ氏は、1970年代最新型のファッションにて身をかためていたと思います。

「月刊 Gun」を通して、日本にスニーカー・スタイルを紹介した日本人最初のヒトの一人にイチロー・ナガタ氏は挙げられるのではないでしょうか?

初めてスニーカーに足を通して、「歩きやすいねェ~。」と感激していた近所のご隠居の姿を今も思い出します。

Gun-Lifeを通じてアメリカの生活スタイルを紹介してくれたイチロー・ナガタ氏には大感謝ですっ!

話は変わるのですか、イチロー・ナガタ氏には一度でもよいから、今までの全撮影作品の中でも"選りすぐり作品集"の個展を開催してもらう事は出来ないのでしょうか?銀座「丸ビルのCONTAXサロン」とは言いませんが、地方の街でも見に行きますよ。
Posted by ソレかもしれない....。 at 2019年09月10日 21:26
1974年のイチロー・ナガタ氏の足元を皆様見てくださいっ!その頃の日本ではまだ売られていない"スニーカー"にてバッチリと決められているではないですか.....。←あっ!!・・・あの、あのう・・・(^_^;)・・・あのスニーカーは「オニツカタイガー」のバスケットシューズなんです。ジーンズはリーヴァイス。日本にいるときはいつもこの服装でジーンズは2年履くと膝に穴が開き、しばらくは我慢していましたが蹴りを出しにくくなった時点で新しいのを買いました。そしてその服装のまま渡米したのです。オニツカのバッシューは最高でしたよ♪
Posted by 市 at 2019年09月10日 23:53
イチロー・ナガタ氏には一度でもよいから、今までの全撮影作品の中でも"選りすぐり作品集"の個展を開催してもらう事は出来ないのでしょうか?←武器のフォトを見せるので世界で最悪な国はジャパンです。日本人は、鉄砲を忌み嫌うことでは世界一の国民です。そのくせして剣で戦うスポーツを敬愛し、弓を射るのも大尊敬。もっぱら使う武器は包丁。発達した武器は大嫌い!! これが日本人のマインドなのですよ。ですから個展なんてムリムリの無理ですよ。でも、そう言ってもらえて嬉しいです♪
Posted by 市 at 2019年09月11日 00:08
大きな場所やメジャーニュースに知られて物議を醸すような事はお互いの為精神面でも良くない笑 ので、ブラックホーク等のガンオタの祭典で良いのではないでしょうか? 近所のフロアを借りてやればショッピングや各種出し物の間、夫々の用が済んだ後、又写真展をまずメインに見てから他に…でも良いと思います。そこでフォトグラファーイチローナガタ氏がおられて来館者をお出迎え…感無量!泣いてしまいそうです。実現無理でしょうか…その時は是非行きたい!直接ご挨拶したいです。
Posted by ヨッシ at 2019年09月11日 02:44
>そこでフォトグラファーイチローナガタ氏がおられて来館者をお出迎え…感無量!泣いてしまいそうです。実現無理でしょうか…その時は是非行きたい!直接ご挨拶したいです。
↑↑
嗚呼、なんとスンバラシ~カツ丼・・あイヤ・・活動なのでせう~♪
サイン □\(☆∀☆; ≡ ;☆∀☆)/□ オカワリー♪

by 横から飛び出てジャジャジャジャ~ン♪なオトコ
m(_ _)m スミマセン
Posted by マロンパ92 at 2019年09月11日 06:28
イチローナガタ氏がおられて来館者をお出迎え…感無量!泣いてしまいそうです。←そのさいには堅く抱き合いましょう♪ しかし、そこまでね、その先はナシ。イーチはいたって健康そのものな女好きだし、射撃のたびに見るダンコンは見飽きているので (^O^) ところでヨッシ君は何県にお住まいなの?
Posted by 市 at 2019年09月11日 08:55
ワタシは兵庫県神戸市在住ですので実現の際には灘の美味しいお酒をお持ちいたしますよん 残念!ワタシがオナゴであったのならノーパン笑でイチローさんに抱きついています。でもバレたらワタシ、ナナ奥様とケンシ君にぶっ殺されます笑笑 残念ですが野郎ですので、敬愛と親愛のハグをお願いいたします!爆
Posted by ヨッシ at 2019年09月11日 10:58
「これだよ」と、彼は大きなテーブルクロスにくるんだ銃を引きずり出してきて見せてくれた。それは、博物館の物とは違い、生き生きとして輝いて見えた。予想に反して素晴らしく美しいライフルだった。なにしろ、生まれて初めて手にする日本軍の銃だったのだから何も分からない。黒々と分厚い、荒く仕上げられたレシーバー。なにやら複雑なリア・サイト。それらに素晴らしくマッチするナチュラル・フィニッシュのストック。重厚なデザインを裏づけるような両手にズッシリとくる確かな重量感・・・。昔の兵隊はこんなに重い物を持って何十キロも歩いたのだろうか?鋭くとがったフロント・サイトは両側をガードで守られ、その下には銃身にそって細いクリーニング・ロッドがつき出している。“二式”という文字がレシーバーの上に彫ってあり、 その先に菊の紋章もある。「ニシキ?」 日本製であることは確かになったが、それ以外はさっぱり分からない。ほかに文字を捜すと、いたる所に同じような番号が打ってあるか、見たこともないマークがあるくらいのもので、知識の無い悲しさ、30年以上昔の銃であるらしいこと以外は何も分からなかった。「もう一本あるよ」
彼はまたひとつ、今度は短いのを引っぱり出してきた。重く長い二式とは異なり、今度のはいやに短く、ちょっと軽く、銃剣が銃身の下側にそってたたまれており、ボタンを押して引き出したら、パチンと小気味良く固定できる。そして、こっちの方は二式よりも各部の仕上げなどが入念で、全体のバランスも上出来なかんじだ。レシーバーの上には四四式と彫ってある。まるで銃に興味を持っていない、友人からその2本の宝物をとり上げるのに、たいした苦労は要らなかった。

・・・とGun誌1977年12月号にありますたが、この「友人」=二本150ドルでの精算をOK牧場してくれたセイさんなのでごあすねー♪
ハナシガアットヨ (*´_⊃`)∈^O^∋ ホウ ナンネ?

by もも鬼に命じられて“二式スポーター”を切った貼ったして北八田さんに捧げることになっちゃったオトコ
Posted by マロンパ92 at 2019年09月11日 13:24
なんと、あの二式を売却ですか?
あー欲しい、飼いに行きたいです(笑)
紋章もあって滅多に出ない逸品です、しかも38式に比べて希少ですから、$5,000オーバーいくと思います^^
Posted by Tucsonちゃん at 2019年09月12日 01:48
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