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2019年06月24日

「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」についての考察

市 (2019年06月24日 01:46) │Comments(10)語りのプラザ


カデットコォを観ながら、
改めて考えたことがあります。

写真学校時代に広島の取材にいきました。
そのとき、

「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」

という、あの有名な言葉に出会いました。

そのときのイチは、その言葉を咀嚼しようと近くにあったベンチに座り、たっぷりと1時間以上も考え込みました。

「過ちは繰返しませぬから」

この意味についてです。

過ちとはなんだったのでしょう?
誰が犯した過ちだったのでしょう?

原爆を投下されたことかな?
戦争をしたことかな?

この言葉を考えた人は何を想ったのだろう?

この疑問はずっと付きまとっていました。

そして、日本には平和が訪れ、
それは長きにわたって続いています。

この平和は、アメリカが作ってくれたのではないかと考えています。

日本を占領したのがソ連だったら、いったいどうなっていたでしょう。

敗戦に乗じて中国共産党が日本を支配していたらどうなっていたでしょう。

ともあれ、
今の日本が戦争をしないでいられるのはアメリカが防護していてくれるからではないかと想うのです。

さて・・・
この状態は「過ち」ではないのでしょうか?

戦争をしないと決めるのは過ちではないのでしょうか?

戦争を仕掛けない、という考えは正しいと想うのです。しかし戦争を仕掛けられても戦わないという考えは危険ではないのでしょうか? それは植民地化を意味しますからね。

用心棒に高額な金を払って血を流す役目を与えている金持国の繁栄は、いつまで続くのでしょうか?

人類から戦争をなくさせるという考え自体が「過ち」のような気もします。
だって戦争がなくなったためしもなく、今世紀にいたってはますます戦争が多くなっていますからね。

話せば解る、
それは迷信ではないかと。

街を歩いているとチンピラが恐喝してくる。
それはカネですむ。
しかし愛する人が犯される時、どうするのか?
それでも戦わないというのか?
戦う能力を持たない者は戦えませんね。

愛する人が殺されたら、その墓に
「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」
と、刻むのでしょうか?

この場合の「過ち」とはなんでしょうね。

こうしてよくよく考えてみるに、
こういう場合の過ちとは

「戦いに負けること」

これなのかもしれませんね。

どんな犠牲をはらおうとも戦争に勝った国は、戦争が過ちだったとは言わないと想うのです。

みなさんも、考えてみてくださいな。

by 過出徒子尾

  


Posted by 市 at 01:46Comments(10)語りのプラザ