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2019年05月01日

ヴェネズエラ革命初日

市 (2019年05月01日 02:57) │Comments(3)語りのプラザ
今朝は待っていたヴェネズエラの革命というニュースが入り、youtubのニュースを見続けています。
グアイドとマドゥロの対決。
アメリカ対ロシア&中国でもあります。
アメリカの支援を受けるグアイドが立ち上がりました。マドゥロが軍隊を出して内戦が始まればトランプは米軍を出動させようと準備しているはずです。こうなるとロシアと中国が黙ってはいないでしょう。

ここでの勝負は見どころ、というより心配でもあります。

それよりも期待しているのは北朝鮮のジョンウンが追放されること。そして毛沢東路線を走るシュウキンペイの没落です。韓国は政治の失敗で貧困国となり、まもなくダウンするのではないかと。

ニッサンの血を吸いまくったゴーンは再び保釈。辣腕で鳴る弁護士の活躍が見ものです。

うーん・・・
令和元年は騒がしい!!

by 宇宙人の視点で地球ショーを鑑賞するヲトコ  


Posted by 市 at 02:57Comments(3)語りのプラザ

2019年05月01日

令和元年のビアンキカップは76歳

市 (2019年05月01日 00:31) │Comments(12)語りのプラザ
え?
令和?

「礼和」ではないのですね?・・・

よし、ではマロンパに聞こう、

昭和18年は西暦何年だい?

はい、1943年です。
・・・のハズでぇーす・・・

そう答えられるアタマの良い人はどれだけいるかな。イチローさんはアタマ良くはないけど即座に答えられますよ。だって自分が生まれたらしい歳だもんね。

いや〜、実はね、アメリカに長年住んでいて日本の年号で言われると、それが何年前なのかがぜんぜん解らないんですよ。

まあ、隠居した身ですからどうでもいいのですがね。

ともあれ、令和元年のビアンキカップ出場は76歳の時であった。と、ここに記しておきましょう。えーと・・・まてよ、もう令和の時代なのですか? 来年の元旦からではないのですよね?

と、無知ぶりもさらしておきます。


ここ三日間は訓練を休んでいました。連邦局の人と会ったり、子供たちとの触れ合い、そしてタマ作りなどしながら疲労した身体を休めていたのです。

一昨日、トモはニューズィーランドから来るミンブを迎えにサンフランまで迎えにいきました。片道4時間のドライヴです。飛行機が遅れて待つこと3時間、そして帰途に4時間かかりました。日本に行けるほどの時間です。
そして昨日は、鬼軍曹を迎えに同じ行程を。

トモ教官は、自分の生徒のためにまる二日間の運転手を務めました。なんという気の優しさでしょう!! 年に一度のビアンキカップ訓練という貴重な日々を二日間も割いて・・・そして帰りも送るのですよ。もちろん無料で。

「自分でドライヴして来られる人だけ招待しよう」というのがイチの決まりなのですが、そうもいかないようです。

それにしても、せめて1時間圏内までは乗り物をつかって来て欲しかったな〜・・・それが本当の旅行というものではないのか・・・

でね、
20年ほど前だったか30年前だったか、こういう事があったのですよ。

その日はたまたま家にいました。そこに電話が鳴ったのです。そのころはサンフラン郊外のベニシアという町に住んでいました。

「ハロウ・・」

「・・・・・・イチローさんですか?」

「はい」

「あのう・・会いにきました」

「今どこにいるのですか?」

「近くのガソリンスタンドです」

「ええっ!! よく来られましたね・・・」

「はい・・・」

「では、来てください」

「あの・・クルマじゃないのです」

「どうやってそこまで?」

「電車とバスで橋の向こうまで来て、タクシーでここまで来ました」

「歳はいくつですか?」

「16歳です」

「では迎えにいきます」

ただごとではなさそうだ・・・
行ってみるとクリクリ坊主頭の少年が棒をかつぎ、その先には風呂敷包みが!!
我が目を疑いましたよ。

「イチローさんに会いたかったのでバイトでカネをためて来ました」

「親は知っているの?」

「父はいません。母はいますが言ってないです」

「ではまずお母さんに電話しよう」

「いいんです、母は結婚したい人ができてボクはいないほうがいいと想いますから・・・」

「でもお母さんは心配しているから電話しよう、番号を教えなさい」

ボウズは渋々と番号を、

「もしもし、サチコさんですか?」

「はい・・・」

「あなたのお子さんがウチに来ています」

「ああっ!! そーなんですか〜!!・・・お宅はどちらですか?」

「アメリカなんです」

「ええええええええ〜!!!!!」
しばし絶句・・・

「お母さんが結婚なさるので家出してきたそうです」

「わああああああ〜ん」
大泣きでしたよ。

「とにかく、ウチで面倒みますからご心配なく」

ボウズは英語ぜんぜんダメ。
単語の断片だけを使いながら自力でやってきたのです。

この世で頼れるのはGun誌に記事を載せているイチロー兄ぃだけ。しかたがないのでウチに泊めておきました。しかし大いに困りましたよ。

で、そのころはサンフランシスコにタロウ軍団がいて、日本から来た若者の面倒を見ており、タロウ君はボウズの根性に感心して引き取ってくれました。

こうして月日がたち、覚悟あるボウズにもアメリカに住み続けることの困難さが判ってきました。

「そろそろ日本に戻って人生をやり直すんだ」
と説得し日本に帰らせました。

そしてやがて彼は大阪の蕎麦屋さんで奉公することに決めました。日本に行ったとき、その店に寄ったところ立派な店でした。ボウズは顔つきもしっかりとなり、健全そうでした。これで安心だ。それ以降ボウズには会っていません。

決死の覚悟を観るのはいいものです。

おい、ボウズ、このブログ読んでいたら書き込みして元気かどうか知らせてほしねん。





  


Posted by 市 at 00:31Comments(12)語りのプラザ