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2013年02月19日

カレン ユンハンス 紫電の炎

市 (2013年02月19日 13:23) │Comments(4)語りのプラザ
    ★カレン ユンハンス★

 飛行機は狭くて混んでいた。まずシカゴに飛び、そこからマサチューセッツ行きに乗り換えるのだが、ウンザリするほど時間がかかる。それだけに隣りに座った女性の存在はとても輝いた。
 “キュークツな長旅でも、ひとりでなかったら時間が速く経つんだよね”
 そんな話題から会話を始める。
 “そうよ、ひとりで4時間もじっとしてるのは退屈なうえに疲れるものね”
 “で、さっきから手に持っているケイスだけど、楽器?クラリネットかな?”
 “オーボーなのよこれ”
 “オーボー…?”
“小さいときからやっているの、今は地方のオーケストラで夜だけ練習してるのよ”
 “オーボーって、あのベートーヴェンの交響曲3番の2楽章でストリングのあとにソロで奏でるあの楽器のことだよね?”
 “えっ?あ、エロイカのことね?…そうよ、どうして?”
 “あれは良い!”
 “好き?・・・”
 “好きなんてもんじゃないよ、あんなすごいものはめったにないよ。とくにフルトヴェングラーがベリンフィルを指揮したのが好きでね、2楽章が始まると胸がジーンとなって感動の世界に引き込まれるんだよ”
 “ちょっと沈痛で陰鬱だけど、素晴らしく清潔で理知的で…”
 “そう! それだよ、それ!”
 “日本でもフルトヴェングラーは有名?”
 “スーパースターだよ”
 “まあ、うれしい!”
 “フルトヴェングラーの演奏は超スローで行くよね、だから交響曲の9番はウンと長い。あの LPレコードをひっくり返さず通しで聴くのが日本のファンの夢だったんだよ。だから、CDの録音可能時間を決定するときに9番がスッポリ入るというのが第一条件だったんだよ。そしてそれは実行されたんだ、と雑誌で読んだよ”
 “ステキな話ね!知らなかったわ。父が聞いたら大喜びして抱きついちゃうようなストーリーよ”
 “君は愛されたんだね、お父さんに…”
 “そうなの、だからオテンバよ”
 窓際に座った彼女との話がはずんだ。こだわりのない性格らしく、まっすぐな返事が返ってくる。
 “ところで、そろそろ、ぼくの美しいフレンドの名を聞いてもいいですか?”
 “あっゴメン、私はカレン、カレン ユンハンスといいます…”
 “ぼくはイチローだ、逢えてうれしいよ”
 そう言いながら右手を差し出すと彼女はしっかりと握り返してきた。
 “日本ではね、見知らぬ人達がこんなふうに早く打ち解けることってメッタにないんだ。アメリカでは、逢えて嬉しいと言ってアイサツをするけど日本人にはとても言えないセリフなんだ。どこか心を素直に表現できない空気がボクの国にはあるんだな”
 “そう…自信のない人が多いのね。でもドイツ人の間にもそんな空気はあるのよ、アメリカってなんだか特別にオープンな感覚になってしまう国なのね”
 “心がオープンになれないのは自信がないからというわけ?”
 “そうよ、自分を信じられないから他人をも信じられないということよ。だから自分の本心は他人に知られたくない。隠しても仕方がないのは判っていても隠してしまう。だからますますありのままの自分から遠ざかってしまう…他人の目を気にして生きる人はどうしても自信を失ってしまうものだわ”
 “うーん、なんだかぼくの内面のことを言われてるみたいだ…”
 “ノー、あなたは内向的な性格には見えるけれど、とても心が開放されているから心配ないわ…私の兄なんて、もうたいへん…”
 “兄さんがどうしたの?”
 “…麻薬中毒なの…”
 そう言うなりカレンの表情はドーンと暗くなった。アメリカには麻薬中毒者が多いので驚きはしなかった、が、彼女の妹としての心労には痛ましいものを感じた。
 “…それで、兄さんは今どこに?入院とかしているの?”
 “病院なんて行く気はなくて、姉のアパートに住みついて麻薬仲間とばかり集まって遊んでばかりいるの…”
 “カレンと姉さんがどんなに言っても聞こうとしないというワケだね?好きなの?兄さんを?”
 “キライだったわ…気が弱いくせに妹の私をイジメてばかり…ちょっとしたことで怒って、すぐに蹴るの。やつあたりのターゲットはいつも私だった…”
 “今もまだ嫌い?”
“トラブルメイカーなのよ麻薬患者は。心は弱いくせにミエを張って、凶暴だし、少しも尊敬できる性格ではないのよ。私と兄をつないでいるのは兄妹という文字だけなのよ、ほかにはなにもない…”
“じゃ、ほっとくしかないんだ、離れていれば実害はないんだろ?”
“今まではね・・・。でも姉がどうしても兄のことで相談があるから来るようにって言うのよ。だから私は夏のアルバイトを休んでマサチューセッツに行くところなの…”
 “君は大学生?”
 “うん、デイヴィスのね…心理学専攻なの”
 “で、姉さんはカレンにどんな相談だろ?”
“兄がね、悪い仲間からオカネを借りているの、それが10万ダラ以上という大金で、私たちにはとても払えない金額なんだわ…”
“ウーン…家が買える値段だね。それは困ったものだ、けれどカレン達に返済義務はないんだろ?姉さんが遠くに逃げてしまうわけにはいかないの?”
“姉は優しいの、私や兄と違って母の優しさを独り占めして生まれて来たような、とっても優しい心の持ち主だから兄を見捨てるなんて考えられない、そういう性格なのよ”
“カレンは優しくないの?”
“私は自分が好きな人にはとてもやさしくなれるけど、キライな人には優しくできないわ。これではいけない気もするけど、できないものはできないのよ”
“…それで充分に正常さ。でも姉さんは借金のモンダイをどう解決するのかな?”

“とくに良策はないのよ。私は警察に駆けこんですべてを打ち明け、麻薬グループをぜーんぶ逮捕したらいいと提案したのよ”
“そうしたら兄さんも刑務所行きだけど、姉さんはどう考えているんだろ?”
“もう、それしかないかも知れないだって”
“そうか、姉さんも追い詰められたんだ”
“優しい心が困難を解決できるなんてことは安っぽいドラマの世界だわ。だれもがメデタシなんてありえないことなのよ。必ず弱い者が痛い目に逢うのよ。これが自然界の法則なんだから…”
 “君って、心が強いね”
“でもまだ弱いと思うわ、もっともっと強くなりたい!”
 トビ色の瞳に憂いを含みながら真剣に話す彼女には引きこまれるような魅力を感じた。なんとか助ける方法はないかと考えたが、カレンの考えどおり警察に相談するのが一番だと思った。麻薬のドロ沼から抜け出すにはキレイゴトではすまないのだ。この兄妹の前途には暗いものが待ち受けているとしか想えず、鉛のように重く不吉な想像が頭の中をかけめぐった。 


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Posted by 市 at 13:23Comments(4)語りのプラザ
この記事へのコメント
テンポよくとても読みやすいです☆
アクションは心得がある人が書くのと、想像だけで書かれているものとは雲泥の差ですね!
続きが楽しみです。(*^^*)
Posted by モゲ at 2013年02月19日 14:03
こんにちは。

面白いッス!

是非続きを!
Posted by ぴーぱー at 2013年02月19日 20:50
こんばんようさんです。
会社の行きと帰りに楽しませてもろぉてます。
紙芝居的にハマル連載ですねぇ

水飴か煎餅は、買わなくていいんでっかぁ?
Posted by まう@東大阪 at 2013年02月19日 21:02
おはようございます! こちら6時、私にしてみれば早起きです。
「紫電の炎」既にかなり引き込まれていますよ〜。 彼女はカレンという名前で、トビ色の瞳なのですね。 髪の毛や体格については最初の方に書いてありましたが、名前以前に何故か瞳は何色なんだろーって気になっていました。 アメリカに移住されて何年後くらいに書かれたのですか?すごくリアリティ溢れていて、セリフひとつひとつに色んな要素がギュッと詰まっていて濃いですね!!
昨日ヴィエラさんのiPhoneにメッセ送ったらお返事いただきました。雨の予報なんだけど雨振りならばテッポかなり汚れていることだしガンクリするわ、との事。
オーダーメイドのアモの価格って今どうなんでしょうね? スーパーリッチなヴィエラさんは値段高騰したからといってno big deal でしょうけど。
都心までおつかいに行ってきま〜す。 どうぞよい一日を〜∈^0^∋
Posted by リリコ at 2013年02月19日 21:06
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