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2017年06月22日

姉の死

市 (2017年06月22日 11:46) │Comments(41)語りのプラザ


ここしばらく、
心が揺れていました。

94歳だった姉がなくなったのです・・・

わが家は七人兄弟で女は姉だけ、
七福神兄弟と言われていました。

薩摩の名家に嫁入り、娘を産み、ほどなくして娘をつれて暴力夫から逃亡。
裸いっかん働いて父母に店を持たせるだけの稼ぎをしました。

アメリカ人の男が好きで、ボウイフレンドはいつも優しいアメリカ人でした。

“イチ、高校生なのだからベートーヴェンをマスターしなさいね”
と言いながら大切にしていた交響曲全集のLPレコードをワシにくれた姉でした。

マスターできたか自信はありませんが、レコード針で盤面が白くなるまで聴き、ベートーヴェンから生きる勇気を授けられながら育ちました。

“あのねイチ、俳句の後に
「それにつけてもカネの欲しさよ」
と付け足してごらん、
たとえば

古池やカワズ飛び込む水の音
それにつけてもカネの欲しさよ

さみだれを あつめて早し最上川
それにつけてもカネの欲しさよ

・・・ね? とても合うでしょう(^o^)”

聡明でユーモアのある姉でした。

ワシが16歳のころ、なんと17も年下の白人と結婚すると言いだし、しかし兄弟はだれも驚きませんでした。

“ねえイチ、ジャックがワタシと静子を迎えに今ごろは飛行機に乗って日本に向かって飛んでいるのよ、ジャックはどんな気持ちでいるのかしらね?”

“さあ・・・たぶんウワノソラだろ”

“まあ、(^◇^)そんなジョークを言えるなんて、、アナタにもきっとアメリカが合うと想うから大人になったら来るのよ、きっとよ(^-^)”

こうしてオレゴン州に住み着き、州立大学を卒業、特殊学級をてがけていました。

年月はながれ、夫がアスベストによる肺癌で死亡、姉はヨガ道場に移り住みました。
続いて娘もヨガに入門。一緒にヴァジーニア州の大自然の中で暮らしていました。

そして、94歳の誕生日を祝ってしばらくたち、娘と夕飯を食べているときに
コクリとうなだれ、、
そのまま死んでいたのだそうです。


姉は戦争で悲惨な体験をしているので銃がキライでした。

“ワタシの平和な家に人を殺す銃を持ち込まないでね”

“平和は銃で守るものだよ”

“戦争はいけないわ”

“負ける戦いが悲惨なのだから、戦いをしかけられたら勝たなければならないのだよ”

“だめだめ、どんなことがあっても人を殺してはいけないのよ”

・・・・・・心が傷付きすぎている姉と、生命力旺盛な弟とのあいだには相容れない壁ができていました。

それでも互いは心の内では強い絆でつながっていたのです。

これで七人の内から六人が消えました。
大家族もワシ独りとなりました。

世の中で、ただひとつ真実らしいことといえば「いっさいの時は過ぎ去る」ということ
↑太宰治より

姉の死を聞いたのは数日前で、それからずっと姉との想い出をたぐりつつ、ワシは黙々としてホルスタの部品を作っては改良、作っては改造の繰り返しをしています。

でも、この夕方は初めてハラハラと涙がながれ落ち、こうして姉の死を書けるようになりました。

ゼロから産まれて、生きているうちはプラス。皆さんもヒタスラに一生懸命に生きて、
コロリと、ゼロの、これまた楽しそうな世界に移ろうではありませんか(^-^)/

 イチ
  


Posted by 市 at 11:46Comments(41)語りのプラザ