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2011年08月26日

タクレット N

市 (2011年08月26日 14:48) │Comments(1)



ナイツ社での撮影を終えて帰りの
エアポートで好物のオニオンスープとビアを飲みました

タクレットNをテイブルに飾って眺めていましたよ

「改良するなら今のうちだぞ」
と そんなことを考えていたのです
  


Posted by 市 at 14:48Comments(1)

2011年08月26日

タクレット N

市 (2011年08月26日 14:27) │Comments(1)タクレット



シャバーテスト中のタクレットNです。
でも透明なフロントがあっても使うことない人のほうが多いですよね〜

で、そこんとこは「策セン」ありなんですよ〜ん♪
こいつがベリベリっと取れちゃうんですね〜(^^)
  


Posted by 市 at 14:27Comments(1)タクレット

2011年08月26日

タニパウチ

市 (2011年08月26日 13:21) │Comments(0)




迷彩タニパウチは少し高くなると想います。
というのはドデカイ反物をアメリカまで郵送する必要があり
この送料ときたらコンテナ船が買えちゃうほどの値段となり・・・
USOです(^^)すこし大げさでした(^o^)
  


Posted by 市 at 13:21Comments(0)

2011年08月26日

タニパウチ

市 (2011年08月26日 13:00) │Comments(1)




自衛隊迷彩のターニキット パウチが完成しました〜!数日後にはLEMサプライより発売となります。これはLEMの商品なので
業者の方はLEMから仕入れてください。なお、黒とコヨーテも同時に出ますが
これはPDから各ショップに卸されま〜す。
  


Posted by 市 at 13:00Comments(1)

2011年08月26日

市スクール第二弾の撮影完了ですよ〜ん♪

市 (2011年08月26日 12:25) │Comments(3)語りのプラザ



タクレットDVDは思いのほか好評で嬉しかったです。
そこで第二弾の録画をやってみました。
第二弾なのにタイトルは「初弾」なんですよね〜(*^^)

初弾訓練をテッテ的にやってみました。
ランディー監督の次作にご期待ください。

ところで文字を大きくしてみました。自分のパソ子だとこれが読みやすい
のですが、請うゴイケン  


Posted by 市 at 12:25Comments(3)語りのプラザ

2011年08月26日

改良されました〜んヽ(^0^)ノ

市 (2011年08月26日 10:53) │Comments(1)語りのプラザ
再録ありがとうございます。ところでミリブロはあまり長い文章になると一度に表示されず「つづきを読む」指示が現れ、それをクリックしないと全文が読めない形式なんですね。うーん、なんだか不便に感じるのは私が無精だからなんですかねぇ。それともとのTacticalLifeのアーカイブは無くしませんよね?良い話が沢山埋まっていますから視たい時に掘り出せるのがいいのですが。
byセンセ

市より
センセ、そーですか、、実験的な気持ちもあって長文を流してみましたが、やはり読みにくいですか・・・

で、管理人さんがさっそく補修工事をしてくださり
まずは、コメント表示件数を初期状態の「5件」から「50件」表示へと変更されましたよん (^-^)/

それに追加でブログ画面上で表示されるコメント一覧の表示場所を右上に変更となっています。
そして、サイドバーにある他のメニューの配置についても、以前のブログ画面での配置とほぼ同様に
なったようですね〜(^_^)

管理人さん、感謝いたします。
これで再引っ越しの危機が遠ざかったかと・・・

さらに書き込みを続けながらテストしてみま〜す♪

  


Posted by 市 at 10:53Comments(1)語りのプラザ

2011年08月26日

tactical life

市 (2011年08月26日 04:32) │Comments(6)タクティカルライフ
  イチローのエッセイ集
   タクティカル ライフ 1 

 人生は出逢いのドラマだ 

 「幸せ」
 これが目標なのだと想う。
 大金を握りしめるとか、有名になるとかの目標を持っていたとしても、それはそれでよいが、そこからくるブレのために痛い精神の代償を支払うことになる。それより、もっと遠いところにある「幸せ」というターゲットを見失ってはイケナイと想う。

 幸せは、たまに天から降ってくることもあるけど、それをうまくキャッチするにしても、あるいは自分で幸せを構築してゆくにしても、物事を深く考えて理解するという習慣を身につけておかないと、その幸せは消えたり逃げたりする。
 自分の心を磨くというのは、まずよく考えるというところから始まるのだよ。
 よく考えるとは「熟考」のこと、そうジュッコウだよ。この言葉は覚えておこうぜ。

 せっかく好きになれる女性と出逢えても、自分を好きになってもらうための資質が自分の中に無かったらアワビの片想いになってしまうものね。資質がないとは、物事を考えるチカラがないということなのだ。そして思考力を磨かないといくらトシとっても愚かなままで、ろくでもない人生をおくることになってしまうわけだよ。
 運動をすれば身体は鍛えられる、が、熟考の習慣がないとアタマはカラッポのまま年月を経てしまい硬化してしまうんだね。
 水準を超えた佳い女性というのは、こまったことに思考力の弱い男を好きになってはくれないもんなんだよ。愛を得るためにも仕事を得るためにも思考力は欠かせないものなのだ。
 人生の武器、それが思考力さ。どう? ひとつ鍛えてみない?
 なに? 貧乏でいいしバカオンナと暮らしたいだって? それは自分が納得さえしていればゼンゼンかまわないよ。心がカンフィーであるなら、それでいいのさ。じっさい、そういった役柄がないと世の中は成り立たないようだしね。気が変わってやり直したくなったら、そんときチャレンジすればいいのさ。ワリと世の中なんでもアリだよ。
 
 幸せとは何か?
 それは、たとえばこんなことだよ。
 「ちょっと気の合う女房がいて、子供がいて、子供の美しさと可愛さに感動でき、一緒に食事をし散歩をし、遊ぶことのできる環境があること」
 かといってディズニーランドに来ている家族づれが全員幸せかというと、そうでもないだろうね。その環境にどれだけ感謝し家族を慈しんでいるかを言っているのであって、行楽中でありながらも不倫相手のことばかり考えてる男もいれば、稼ぎの悪い旦那にイヤミを言いながらカリカリした気持ちでアトラクションの順番を待っている女房君たちもいるだろうね。

 もちろん、年齢や環境によって幸せのあり方は多様に変化するが、ようするに「心が穏やか」であるならなんでもいい。刑務所に居ようが、ホームレスであろうが、穏やかな気持ちになれたら、それが「幸せ」なのだよ。
 金持ちが幸せでない場合は多い。それはカネが貯まるほどに不安もストレスも貯まり、もっと悪いことに「欲」も増大するからだ。往々にして欲は毒へと変化して自分をダメにしてしまうものなんだ。
 ついでに言っておくけど、札束を目の前にしたら人間の人格は流れ星のように落ちる。そうでないと言う人は、そういった機会を経験したことのない人だ。このことは解りにくいかもしれないが、君がビジネスなど始めたらゼッタイに覚えておく必要がある。
 「渡る世間に鬼はない、が人を見たら泥棒と想うべし」
 これは、ワシの座右の銘のひとつだ。
 世の中の仕組みというのは複雑であり様々なタイプの人がいるから正義とか法律なんてほとんど意味をなさないことも多いんだな。
 ハナシを変えよう。

"おまえ、カンフィーかい?"
 と、たまには自分にたずねてみよう。
 カンフィーとはカンファタブルのこと。
 comfyとスペルする。
 安らげる。気を張らないで落ち着ける。苦痛がない。と、そういった意味だよ。
 カンフィーな気分だったら、自分が幸せなんだと考えてもよいと想う。

 カンフィーであるためには、まず「裕福」である必要がある。
「裕福とは、一家が日に3度飯を食え、季節をしのげる衣服と住居のあること」
 これがワシの考える裕福だ。これ以上を望むのはゼイタクであり、やがて罰があたるだろう、とワシは考えている。

 とはいえ、クルマやケータイやパソコンや薄型テレビも欲しい。それにできたらマンションのひとつもあるといい。だって周囲がみんなそうなんだもの・・・
 うん、それもそうだね。そういった物欲を我々の心から取り除くには無理がありそうだし、それが向上心につながる場合もあったりするんだからいいと想う。
 ワシが言いたいのは「裕福の基本」を忘れないでということ。解りやすく言えば、

"バカヤロー! クルマ買えないからってベーベー泣くんじゃねえよっ!! 毎日3度3度のメシを食えてることへの感謝を忘れやがってテメエは大馬鹿野郎だぁ!!"

 といった基本の心を常に根底に持て、という意味よ。価値観のモンダイさ。
 でも、正直に言うと、ゼイタクはイヤだが潤沢ではありたいと想うね。ジュンタクとはウルオイがあるということ。ちょっとユトリがあるという意味よ。日本はドン底から劇的な経済復興を成し遂げたんだから、これくらいの気持ちでもいいかと・・・。

 一家がささやかに生きていられる、ということを「小さな幸福」みたいに言うヤツがいるが "バッキャロー!! なんも識らんくせにエラそうに言うなっ!!"と優しく静かにさとしてあげたいものだ。

 実は、一家の幸せこそが我々の究極の目標なんだとワシは信じている。小さいも大きいもあるもんかい、ドアホ!
 タクティカル ライフを通じて、ワシはこのことを訴えたい。

 幸せになるための思考
 幸せをゲットするための努力
 価値観の構築
 こういったことのノウハウを書きたい。
 
 しかし、ワケの解ってない君たちに、これを説明するのは至難のワザだと想う。
 どうして解ってないと断言するかというと、君たちは「苦労知らず」だからだ。苦労知らずが悪いわけではない。だって君たちの時代には空襲や機関銃掃射や原爆などでひどい目に遭うということがなかったのだから。
 ただ、苦しみや困難を乗り越えるための知識すらないと「世の中は手強い」と尻込みしてしまうことになってしまう、これがモンダイなんだよ。苦労知らずだと打たれ弱いので、ちょっとしたことでメゲてしまい引きこもりたくなってしまう。これだと負のスパイラルに巻き込まれ、下へ下へと沈んでゆくことになる。これでは面白くないのだよ。
 今はキレやすい人が多い、これは劣等感のせいもあるが典型的な苦労知らずの症状だともいえる。キレると、ときには幸せの絆までも切ってしまうので気をつけようぜ。

 ワシの生まれは、とてもラッキーだったのかもしれないと想う。根性を自動的に身につけられる環境下に生まれたからだ。君たちの想像を絶する世界で育ったのだよ。

 "タイヒー、タイヒー"
 姉が言うには、イチローが最初に覚えた言葉はこれだったそうだ。
 生まれたのは1943年。ようやく言葉を覚えるころの鹿児島はアメリカ軍の残虐な空襲下だった。
 昨日まで笑顔で挨拶していた隣近所の人々が一夜にして焼き殺され、蒸し殺され、圧死させられた。罪なき人々の死体は累々と横たわり、子を殺された親たちが狂乱し、親を爆死させられた子供たちは呆然となった。まさに地獄の光景だったのだ、と兄たちが後になって教えてくれた。
 サイレンが鳴り渡る。住民たちはいっせいに家を飛び出して防空壕に向かって走る。
"待避、待避、待避・・・"大人たちは声をかけ合いながら家族を誘導する。いつしかワシも
"タイヒー、タイヒー"と叫びながら走っていたのだそうだ。
 そんな市郎の姿を観た思春期の姉は心が深く傷つき、戦争反対の闘士になった。当のイチローは「闘いには負けるな」とこれまた反対側のウヨクになった。
 やがて、とうとう我々の町も空襲で焼かれた。永田家の本屋も廃墟となった。裕福だった家族には財産ひとつ無かった。川で捕ったウナギを売ったり、ハゼを食ったりしながら命を長らえた。次兄は米空軍の戦闘機に狙われて機関銃掃射を受けたが竹藪に飛び込んで至近弾を浴びながらも生き延びた。父と母、そして7人の兄弟たちは必死に食う道を模索するが次第に離散してゆく。
 敗戦の8月にはワシの弟が産まれたが、衛生管理もできないうえ、母親が母乳をだすための食べものすらない中で静かに亡くなっていったという。
 まさにワシは「赤貧洗うがごとし」という環境で育った。せき貧とは、持ち物のいっさいをザブリと洗い流したように何もかも無いという意味、まっかな貧乏という意味だ。
 貧乏人にはあらゆるカタチの厄災が襲いかかる。子供だったワシにすら飢えの恐怖は身にしみた。野良猫のように用心深く、大胆になっていった。
 「兄たちのような食い逃げの名人になる」これがワシの最初の夢だった。なので速く走って逃げる練習までやった。
 これでなんとなく解ってもらえたと想うが君らとワシはスタンダードが違うのだ。ワシは頑強な馬車馬として育つ必要があった。人前でクソをひり落としながら荷物を引っ張るくらいの根性があった。もしもメシを食わせてくれるなら世の中の精神的悩みはすべて引き受けてやるから持ってこい、といった気持ちで成長した。死を恐れない心も芽生え、これが大人になって大いに役立つ。

"心が傷ついただって? へっ・・・バーカ!"
 じっさい、我々の世代はそうして育った。  
 飢えを体験すると、ものごとの基準が変わり価値観も異なるのだ。とくに上がるのは、目的を持ったらシツコク食い下がるコンジョのレヴェルだ。
 君の周囲には「団塊の世代」というオジサン達がいると想う。1947年のころから49年あたりに生まれた人々だ。今は60才前後になった人たちだ。この世代が敗戦し崩壊した日本を復興させてきた。彼らには戦争体験などなく、戦争責任もなく、いきなり最悪な状況にある日本に生まれ、残骸の片付けを命じられ、復興の主力兵とされ、ドレイのように働くしかなかった。
 日本人は勤勉だというイメイジは彼らが作った。歴史に残れる最高の仕事人たちだろう。トヨタやソニーなどが世界の覇者として誇れるのは団塊の世代のおかげなのだ。
 ただ、とても残念なことは、彼らは忙しすぎたために子供達を本当の意味で教育することができなかった。子供が寝てるうちに会社に出かけ、戻ってくるのは子供が寝てからというのが典型的な日本人の生活だった。
 家庭で父親からの愛情に満ちた人間教育を受けられないままの子供たちは学校の柵内に入れられ、ベルトコンヴェヤーに乗せられ、学校は画一的な学習を押しつけ、勉強、試験、大学、サラリーマンという枠内での「狂育組織」に育てられた。
 飢えた野良犬の子供たちは高度なブロイラーとして育てられたのだ。
 こういった環境下で育ったのが君たちだ。無理が歪みを発生させ、人としての本能をないがしろにされた子供たちは虚弱になったり学級崩壊を起こしたり、感覚が麻痺して犯罪にはしったり、人への哀れみや優しさといった人間としてとくに大切なことから遠ざかってしまう。これで社会がオカシクならないはずもない。

 人間であるかぎり、大志とまではいわなくても、何かに対して夢を持ち、心を熱くして生きるのが良いんだとワシは考えている。こんな気持ちが削がれるような世の中だと生きる価値すらないと想うのだ。
 このごろの若けえもんは弱い、なんてエラそうに言いたかない。
 ただ、識ってほしいのは、いったん夢を持ったらフツーじゃイカンよ。死を賭してぶつかるしか無えんだよ、ということだ。
 ちなみにワシの夢は「毎日メシを食えること」だった。ビアンキカップに出るとか宇宙に行くとかではない。一家が食えてるかぎりはワシの夢は達成されているのだ。
 夢のタイプやスケイルは時代や環境によって異なる。どうあれ、夢をもって生きると心に活力が宿る。ワシは夢が大好きだ。読者の中で夢をもたんヤツがいたらワシの文など読まないでくれ。夢を失うことのない男たちにだけ読んでもらいたいのだ。

"幸せを目標に・・・"
 などとワシが書くと、
"ああ、そーなんですよねー"
 と君も思うだろう。

ちがうっちゅうの!
解っとらんちゅうの!
涙も流さず軽薄に賛成するなっちゅうの!

 幸せを得よう、
 ああ、たったこれだけのテーマを君に解ってもらうことでワシはこれからどれだけの時間と文字をつかうことだろう。これは、途方もないチャレンジなのだ。

 幸せは遠い・・・
 うん、そういうものだ。
 なぜ遠いのか?
 それは、幸せを目的とした思考と実行がないからではないのか。学校では教えないし、親もなかなか教えてはくれない。先生も親も、その価値観が自分のエゴから発生しているのだから期待するほうがムリなんよ。

 幸せになるためには、まず我々の住んでいる社会というものを理解する必要がある。そして人生って何なんだろうかと熟考し戦術をもって対処しないといけないと想う。その生きる戦術がタクティカル ライフだというわけだよ。
 人生って何かというのは難しい問題かも知れない。だけど、手探りで進んでゆくと、おぼろげに解ってくるものでもある。
 とにかく、ものごとが解らないことには何も始まらない。人生がどういうものか識らないでは幸せの意味も不明なままだ。
 解るか解らないか判らないが、とにかくワシの観察を書いてみよう。
 ところで「知る」と「識る」では意味合いがちがうのだよ。知るは、知覚するていどだが、識るは物事の本質を深く理解して認識することだとワシは考え区別している。ホントはどーでもイイんだけどね・・・。
 
 人と人とが出逢うと、そこからドラマが始まる。それは単なるすれ違いにすぎない場合もあるけど、ときには会話などがあって知人となり、あるいは家族のように親しい友人にまで発展することもある。異性の場合だと一生連れ添うことになったりもする。
 いったん知り合った人々は一緒に学んだり、泣いたり笑ったり、または怒ったりなどと感動を分かち合い、かと想うとケンカして別れたり、あるいは仲直りして再び笑い合ったりもすることになる。ひどいときには殺し合いにもなるナ。
 人と知り合うということで互いに感情の交流が始まるわけで、ここから人間のドラマが始まるのではないだろうか。
 他人との出逢いから始まるストーリーのことを「人生」なのだと認識すると自分の世界が観えやすいと想う。君は、その物語のなかの主人公だというわけだ。そこで晴れ晴れとした善役を演じるのか、嫉妬深い悪役を演じるかは君が決める。君は脚本もやれば監督も演出もやるわけだ。なにしろ物語の構成は君に任されている。人生をドライヴするのは君自身なのだ。
 人生とは人との出逢い。これを兄から聞いたとき、霧のなかにあった人生というものがワシにもパアッと観えたものだ。 
 ある娘にこれを言ったら、
"私は人生は白いキャンヴァスで、これから描いてゆくものだとおもう・・・"
 と答えた。これはこれでよいとは想うのだが、彼女は新しい言葉に対してワシのようには感動しなかった。人に伝えるというのはとても難しいことだ。
 君はどうだ? 言葉にたいする感性をもっているか? ある言葉にハッとして自分が変わったりすることはできるか?

 ともあれ、自分がどんな人に巡り会って交際するかで、人生に変化が訪れるのは事実。
良いと感じた人が悪人だったり、つまんないと想った人が実は素晴らしかったりと、目くるめくドラマが展開する。
 良いドラマを作りたかったら、良い脇役を見つけるために動く必要がある。そして相手がジェイムス ディーンであろうが石原裕次郎であろうが、君の人生では君が主役を演じることになる。それだけの自分を育てる必要もあるということだ。

 人が自分や他人の世界を本当に観ることができたら、たいていの、あるいはすべての悩みを解消できるのではないだろうかと想う。
 「見る」と「観る」という漢字をワシは使い分けるようにしている。国語的にはどちらも同じ意味なのだろうがワシにとっての見るは「視界に入る」であり、観るは「心の眼で観察する」という意味がある。これもホントはどーでもイイことなんだけどね・・・。
 ま、とにかく物事は観ないことにはハジマランのだよ。
 見てはいても観てはいない場合が多い。見ているのに観えてはいない自分もある。
 この意味は、解っているつもりなのに解っていないということ。眼に入っているのに認識できていないということ。たとえば、
"自分は、なかなかのものだ"
 と考えている場合は、そう見ているだけで、じつは自分が観えてはいないと想って間違いはない。慢心は、エゴや嫉妬のように自分を腐らせる病原体なのだ。だから自分はスゴイなんて言葉は冗談以外には一生つかってはならない。本気で自分がスゴイと想うなら、それこそ妄信というものだ。
 とくに「自分が識らないのだという事実を知らない」という人は恐ろしい存在だ。この「自信過剰で無知なヤカラたち」が家族や後輩や組織を間違った方向に導いてゆくのだ。そしてこのタイプで世の中は埋め尽くされているのだから油断はキンモツだよ。
 ワシも他人のことを非難できる身分ではないが、犯罪者だからこそ犯罪はイケナイヨと説得できるものではないのか。そうだろ?

 砂浜を思い浮かべてくれ。
 すべての人間は例外なく、この浜にある「砂の一粒」だとワシは考えている。
 オレは大きいだとか、ワタシは色がきれいでしょ、なんて価値観が砂粒たちにあったとしても、それがなんだというのだ。目立つ浜辺にあろうが、人のいないビーチにあろうが、砂粒の役割と価値には変わりはない。
 他人に尊敬されたくて高価なクルマに乗ったり、有名ブランドのオベベを着たりしてイイ気になるのは、自らを不幸に追いやる愚行だということを識るべきだ。グコウだよグコー、愚行はイケナイんだよ。
 オカネ持ちで堂々たる着飾りをして会社を運営し、従業員を見下しながらエラそうな顔で接する。カネ目当てのオンナにもモテる。羨望の目で見られるのがたまらなく嬉しい。こんなシャチョーや幹部は多く、彼らは一様にカンフィーそうに見える。カンフィーだと信じ込んでいると想う。自分は偉くて立派な仕事人だと信じて満足しきっている。
 これが「愚行のスパイラル」だ。
 食事の後でタバコをス〜と深く吸うと不健康な身体がハァ〜とイヤされる。最高に気持ちがイイ。この上に酒を飲むとコマゴマとした問題点、あるいは直面しつつある重大な危機にたいして鈍感になれ楽しい気分にさえなる。ほっとけばイイんだと考える。今が良ければイイんだと決めてしまう。
 この両者は、自分の船の胴体に「沈没丸」とか「早死号」と書かれているのを観ることができない。そして船がどこに向かっているのかを認識できていない。緩慢なスパイラルの速度を感じながらも直視をさけて悦楽の中に逃げ込む。
 やがて船は座礁に乗り上げ、仕事は失い、病気になって伏すことになる。
 「おごれる者は久しからず」この言葉を忘れてはイケナイのだ。
 自分がカンフィーと想っていても、実は本当にはカンフィーではない。このことを識るには優れた洞察力が必要になる。
 ああ、洞察力・・・ワシが狂おしいほどに欲っしているのはコレなんだ・・・。イチロー丸の年期の入った羅針盤とレイダーにもまだ洞察力の存在位置は映っていない。

 だいたい君は高級輸入車に乗っただけの人を尊敬するかい?
 ブランドで着飾った人をウヤマウかい?
 金持ちだからって敬服する気があるかい?    
 しないよね?
 ワシは、見栄に生きる人をカワイソだと想ってしまうんよ。没個性丸出しでミエの被害者にしか見えないんだ。
 だから君がそういったナリを出来たとしても、周囲の人の関心など得られないのさ。だいたい他人の関心を得たがることからして間違いなんだけどね。
 今の我々の世界は、ハリウッドのヒーロー主義やカネが一番というエタイのしれない歪曲した価値観に毒されているということを認識し、その呪縛から自分たちの心を解放すべきではないのだろうかと想う。
 芸能人がならんで旨い料理だのニュースだのとやってる番組をチンタラと見ている人は、即刻やめよう。
 自分の自由時間をそんなことに使うのは「人生の浪費」なんだよ。その代わりに気の利いた本を読んだり、質の高い映画を観たり、何かを学んだり、独学などもしてみようぜ。
 NHKスペシャルやガイアの夜明けなどは別格として観たほうが良いけど、民放からは遠ざかったほうがイイよ。あれらは成長の妨げにしかならないからだ。
 もちろん、君が成長する必要のない人種だったら、バカ番組で時間をつぶすのもOKなんだけどね。たしかにそんなんでイヤされる人たちが多いんよ。でも夢をもち、遠くの星に向かって歩く者は無意味に時間を浪費しちゃいかんのよ。良い人との出逢いにそなえて、自分がその人に匹敵できるようにするという努力をしないとせっかくのチャンスも流れてしまうのだ。

 出逢いのドラマにハナシをもどそうか。
 君が、人の世への嫌悪感に耐えきれず、家にひきこもって誰とも会わないでいるとしてもストーリーの流れはある。ただじっとしていても心の中では喜怒哀楽がぐるぐると錯綜し、それはそれで迫力のあるドラマ展開そのものだろう。
 うん、実は基本的にはワシも人間の世界に耐えられないタイプなんだ。
 サラリーマンとして生きるしか無いという社会でしかなかったら、とっくにワシは自決していると断言できる。どこにも属さないフリーランスという危うい小舟に住んでいるのは人間世界が嫌いだからにほかならない。
 嫌いなら、いっさい人間に逢わなければいいだろう、という考えでは無神経にすぎる。
 世の中が嫌いだという人のほとんどは、人間が好きで好きでたまらず、そのためにオーヴァーランしただけだと想うのだよ。その人がたまたま精神的に不器用で、走れなかったり走りすぎたりしているだけなのではないのかと考えている。
 「自決」という文字を使った。この言葉は自殺とは意味がまったく違う。これは大切なことなので、いつかじっくりと書きたい。

 とくに人と逢わなくても君に生命あるかぎりはドラマの舞台に乗せられることになる。なので、人との出逢いで始まるドラマが人生だと定義するのは的中だとは想わない。
 定義なんて実は大げさかもしれない。「出逢いこそが人生」というのは、自分と他の人たちとの関係で成り立っている世界を客観的に理解するためのキーワードのひとつとして理解してほしい。
 ところで、
 人間の数も多いけれど、アリやイワシや牛やニワトリ、それに昆虫やハエや蚊などの一匹として生まれる可能性もありだと考えると、人としての生命を受けるということは奇跡ではないのかと想ってしまうこともある。
 人は、どこにどのように生まれ落ちるのかまったく見当もつかない。
 北朝鮮で政治犯という濡れ衣を着せられた家庭に生まれるのと、日本で東大教授の家に生まれるのとでは運命がまったく違ってくるのではないかと想える。
 人間を含めた地球の生き物の世界というのは、平等なんてまったくの幻想で、すべてが気まぐれな「運」という時のなりゆきによって決められているように観えてしまうが、そんなことはないのだろうか? うん、そう決めてしまうのがすでに愚かさの始まりかもしれないから気をつけよう。しかし、いくら気をつけても人間の愚かさには変わりはないのだから、ときには大胆に発言するのもよいかもしれないね。
 さて、人間の子は、君やワシがそうだったように自分のチョイスなどまったく無視されて、まるでテキトーな感じでどこかに生み落とされる。運がいいのかどうかということは、精子君が頑張って泳ぎ、競争に勝ち、ようやく卵子ちゃんにしがみつく、その瞬間に決まってしまうのだと考えてもよさそうだ。
 無実の罪の政治犯でもジョンイル君が萎えきってしまい、もしも心の熱い人が政権を握るとストーリーはがらりと変わることになる。君のお父さんは正義を貫いたヒーローであり、君の兄さんを殺した共産党員たちは法の裁きによって死ぬまで拘置されることになる可能性は充分にあるし、東大の教授だって国からの補助金を私利私欲に使ってマスコミに追われ、その子供は甘やかされて育ったために自立心の無い弱虫になることだって充分すぎるほどにありうる。つまり、初めの運の良し悪しからでは50年後を読むことは不可能だと言いたいのだよ。
 66才になったワシなんだけれど、多くの人の生き様を観察し見聞した結果、どうやら人の道というのは運だけではなく、思考力を磨いて行動すれば、あるていどの舵取りは可能なんだという気がしている。少なくとも、川に半分沈んだ木ぎれのように、ただ下流に向かって流され続けるのではなく、常に上に浮かぶ努力をしていれば一陣の風が吹いたときに方向を変えるチャンスが訪れるのだと想えるのだよ。
「運命は切り開けるか?」と考えると、
「自分の舵取りによって進行方向くらいは変えられる」ということは確かなことだ。まあ、人生を切り開ける運命にあったのだと考えれば、そのとおりなんだろうが、物事はやってみないとワカランのが事実でもあるぞ。
 疲れてクタクタになりながらも、悲しくて涙を流しながらでも、精一杯の力を出しながら人生という小舟の櫓を漕ぎまくっていれば、誰でもいつかは輝ける精神世界に入っていけるのだとワシは考えている。
 ところで、櫓とは舟をこぐ「ろ」だがヤグラとも読む。ヤグラは矢倉、つまり武器を入れておく倉庫だよ。さらに周囲を見渡すための「タワー」という意味もある。これはなかなかの意味深だね。

 人は、自分の人生は自分でドライヴし、行きたい方向に向かって進むことができる。目的に到達できるかどうかは別として、目的の方向に向かうことはできるのだ。運命はどうあろうと、これは事実だ。
 道の数は多かったり、あるときなどはヒトツしかなかったりするが、進むかどうかは常に自分が決定すること。この部分を果敢に受け止められるとネガティヴからポズィティヴへと変換できるかもしれない。
 世には「ポズィティヴ」と「ネガティヴ」があり、その中間帯がある。我々はすべて、この中間帯のどこかに在るのではないだろうか。ポズィ気味の人、ネガ気味の人、というわけだな。
 ポズィはイエスであり、ネガはノーであるという使い方はある、が、生きる姿勢から観た場合、ネアカがポズィでネクラがネガだなんていうような単純なモノではない。そこでワシはポズィティヴとは物事をまず正面から観ることだと考えている。
 自分の未来は暗いと想う人と、明るいと考える人は、どちらも正しく観ているとは想えない。それではアホな経済学者と同じだよ。もっとも利口な経済学者なんていそうもないけどね。
 人間は2秒先すら予知できないということを識るべきだ。
 
 「人生は出たとこ勝負、何が起ころうと死ぬまでは元気に挑戦しながら生きていこう」
 と、こういった精神的な姿勢で自分の進行方向を見つめ、恐れることなく立ち向かうのがタクティカルライフのスタンスなのだ。いわば自然体というやつだね。

 勝ち組とか負け組とか言われるが、ようするに魚のいそうな場所に行って吟味したエサの付いた釣り糸をたらすのか、それをオックウがって家で寝ころんでしかいないのかといった違いによる結果なのではないだろか。地道な努力を続けている人にはチャンスの訪れる回数がはるかに多いことだろう。
 戦術に長じた者と、そうでない者とが闘うとすれば勝負は観えている。それは空手を3年修行した人と受験勉強しかやってなかった学生がケンカするのだといえばわかりやすいだろう。ただし、カラテ君は受験戦争は苦手なので一流大学は敬遠するかもしれない。
 ケンカの強い二流大学生とヒ弱な一流大学生とでは、どちらが良いか?
 これは質問が間違っている。良いと悪いとの仕分けができる問題ではない。それは殺した者は悪人であり、殺された人は善人だと決めつけるほどに乱暴なことだと想う。ようするに君のチョイスなのだ。
 自分として好きか、嫌いか。そのように自問自答するところから思考を展開するほうがイイと想う。
 ものごとを単純に善か悪かに分けるというのでは、世の中を理解するうえで大きな障害になるのではないだろうか。
 人間には、理性が備わっていると想われているようだが、ワシが横浜にある朝倉脳外科診療所の手術室の見学に招かれたとき、ガンと婦人科専門のドクター朝倉が美人女性インターンの脳内に理性計測ゲイジを挿入し、特殊コンピュータでの解析画像を見せてくれたが、そのグラフを読むと「感情が99.99%」も占めているのを確認できたという真実がある、というのはウソだけど、あははは、ワシはそう想っている。
 少なくとも、ワシの心には理性などまったくない。あるのは100%の感情だ。自分を動かす動力源は感情だけだと信じている。ワシが理性的に見えるとしたらそれは「理性モドキ」であって、感情の波がきたら瞬時に吹き飛ばされるような幻影なのだ。
 ちなみに理性の意味は「感情に左右されず筋道をたてて判断する能力」だと。おお、ワシは小者なのでそんな能力などないわい。そして理性のある人なんて見たことないし、そんな人がいるなんてとうてい考えられない。
 動物を含め、我々にあるのは直感力、分析力、判断力、決定力、実行力といったもので、これらの力を使いながら日々を生きているのではないだろうか。

 意識する→判断する→決める→実行

 これが我々の物事に対する感覚サイクルではないのだろうか。
 人は、何かを見るか聞くかすると、これに対して直感や記憶などで、それが何であるかを分析し判断する。そこで自分がどう反応するかを決める。そして実行する。

 目覚まし時計が鳴るのが聞こえる→なんだ時計の音か→止めよう→止める

 前から人がくる→上官なので挨拶しようと決める→敬語を使おうと決定する→テイネイに挨拶する

 男がきた→いやなヤツだ、殴られないよう気をつけよう→避けよう→逃げる

 いきなり蹴られた→暴力男だ→反撃しよう→次の蹴りをよけて正拳をいれる

 ワシの場合だけど、
 日本で育ち日本を認識→日本がイヤになったので出ようと考える→米国行きを決定→計画を立て実行

 このように、人は常に同じようなパターンで身辺にせまる変化の波に対応しながら生きているのだと想う。

 こうして観ると、判断力と実行力こそが強大な武器だと解るではないか。
 ほんとは、人間として最も大切なことは「洞察力の鍛錬」なんだと想うのだが、このテーマで書くにはワシは未熟なので少し時間をもらいたい。
 ともあれ、熟考による正しい判断はまず大切なことである、が、判断できても実行しなければ、それはゼロに等しい。
 実行力とは決断力。人目を気にしたり、失敗を怖れる人にはこれが欠ける。
「優しくて柔らかな人だが気が弱くて決断する態度がない」これが優柔不断とゆーヤツ。
これは、つきあっててもオモロクないタイプだね。ヤッパ「打てばよく響く」という人になりたいもんだよ。

 試合やゲイムが一種の闘いであるように、人が生きるということも闘い以外のなにものでもないのでは、と、ワシはつらつらと考えてきた。こんな大切なことなのに、ワシが生きるための哲学を明確に認識できたときは、すでに28才という年齢に達していた。それから長きに渡って勉強と努力をすることになる。それまでのワシは、アタマが弱く、愚かで自分勝手で粗暴な悪人でしかなかった。まあ、今も大した変わりはないが、なんとか人様に迷惑をかけない程度には達している。自分のおかした失敗から学んだわけだよ。

 世には、親は金持ちで学校の成績が良くて女にモテて幸せいっぱいな若者は多い。しかし、親は貧しく学校にも行けず、貧困に苦しんでいる若者、あるいは、そうなる予感に悩まされている中高校生はあふれかえるほどに多いのではないだろうか。
 とくにワシの記事を読んでくれる読者は学校的な優等生ではないのだと想う。学校の学習や教科書にはない、なにか現実的な手応えを期待しながら模索しているタイプが多いのだと想う。学習の嫌いな人は夢を持っている場合も多い。ワシがそうだから。
 そういった人たちに、随筆のプレゼントをしたいと数年ほど前から考えていた。
 悩んでいる人を、ちょっとした言葉がハッとさせ目標を明確に示してくれることがある。もしも、ワシが拾い集めた言葉によって何かを見つけてくれる人がいればとても嬉しい。

 人のタメ、と書いてイツワリと読む。
 「人」と「為」という文字を合わせてみると「偽」となる。「人の為というのは偽り」だという意味だ。人のためというのはウソであり偽善だというのだ。
 「偽」という文字はテキトーに作られたとは想えない。でも、熟考の末に作られたとしたら、その洞察力の凄さにめまいがする。いったいどなた様が作ったのか・・・。
 そう、誰だって他人のために何かを行うのではなく、自分のために行動するものだ。
 ワシが書くのも自分のためであって君のためだけではない。君がもしワシの言葉に感動してくれたら "そうかよかったな、それを聞いてワシはもっと嬉しいぞ、ただしワシのおかげなのを忘れるな" とイイ気持ちになって自分の存在を誇示したいだけのことさ。
 "・・・いや実は、そんなんでなくて若者達や自分の息子たちに生きるための指針をあげたいのだ・・・" と内心で想わなくはない。しかし、冷静に判断すると結論はそうなのだ。
 それと、"諸君、ワシのディザインしたタクティカルペンを見てくれたか? 山下刃物のHPを見てくれよ。イオタックはどーだ? パラベラムのHPを見てよね" などとプロスペック ディザイン社で扱う品物を宣伝したいという気持ちも大有りなんだ。
 ところで、このエッセイ集はワシのブログに載せて公開するつもりだ。
www.ichironagata.com
 11月にはオープンの予定。自分の文章を無料で提供する代償として商品の広告をさせてもらえるというわけだ。写真と文でメシ代を稼いでいるワシは無料奉仕をやれるほど金持ちではないのさ。
 しかし、自分の為だからこそ、マチガイをおかさず真剣にやるというものではあるね。人のためになれば、自分も嬉しいと感じられる「善」のようなものが人にはある。まあ、これもなにかの錯覚なのだろうが、それが群れる動物にとって全体を護るという方向に作用しているのは確かだ。
 では、初回のしめくくりを・・・

 "これはオマエのためにやっているのだ"
 という言葉は慎もう。

 それを言う人の真意は何なのかということは、すくなくとも疑ってみたり分析する価値はありそうだゾ。熟考しちまうのだ。
 たとえば、自分の子供を1流大学に入れて高給サラリーマンにしたいと願う親は多い。が、それは本当に子を愛しているからなのだろうか、それとも自分の見栄張りと老後に面倒をみさせる作戦のひとつなのだろうか。そういう親は、えてして"オマエの将来のためだからネ"とイングラムのように連発するものだ。
 ハッキシ言おう。
 "オマエのためだ" なんていうヤツにはロクなヤツはいないんだ。
 我々の社会には "オマエのためだ" という言葉が犯罪者のように横行し氾濫している。これは大嘘でありサギに近いんだが警察も誰も取り締まらない。
 君は、このことを常に認識し自分の嗅覚を鋭く保とうぜ。

 ワシには、ゼロ才と2才の子供がある。
 2才の剣士郎はやたらに突っ走る。ガラガラ蛇のいる方向、崖のある方向、池の中、あたりかまわず突っ走る。
"ストップ! "
 ワシはケンシの腕をグイとつかむ。そして叱りながら想う。
"・・・ケンシにケガなどされてはワシが困る。死なれでもしたら悲しくて辛い日々をおくることになる・・・気のどくだが、当分はワシ自身のためにケンシの自由を束縛させてもらうことにする・・・"
 自分がたいした親だとは想ってない、が、この自覚だけは持ち続けていようと想っている。この剣士郎という子供に出逢ったことで、ワシの人生に新しいドラマが始まった。それは嬉しいながら不安でもある。例によって先の読めないストーリーなのだ。
 君にも出逢った人とのドラマ進行があるだろう。それを大切にしたまえよ。そして周囲の役者たちをシッカリと見つめてみようぜ。

 追伸
 これを書き始めてみてエライこっちゃと想った。書くのが難しい。添削に集中力と時間がかかる。読み返すほどに自分の未熟が観えてくる。書き足りていないのに文が長すぎると想う。発表するには恥ずかしい。やれやれ困ったもんだよ。
 この第一回だけでも2ヶ月間はかかったよ。まあヒマをみてはの随筆だけどね・・・。
 もう眼をつぶって出稿するわい。
 9/21/09
              市郎  続きを読む


2011年08月26日

コメ五つぶでは生きるのが・・・

市 (2011年08月26日 03:39) │Comments(0)
すいません! 今、管理画面で確認してきましたが、 「最近のコメント」の表示は5本で固定でした。 それと、コメント通知設定にされてはいかがでしょうか? コメントが届いたら、メールで連絡が来ます。 う~む?私の場合はコメント返しで困ったことはないのですが、また、何かわかりましたがコメントします。by ピーター

市より、
コメ五本の固定は辛すぎですね〜(@_@;)
メイルで連絡がくるようにしていましたが、返信するにはいったん認証してからアレコレ
しなければならず、なによりも「語りのプラザ」として機能しないみたいなのでヒジョーに
困っています。
  


Posted by 市 at 03:39Comments(0)

2011年08月26日

コメ返しに難あり!・・・困った〜

市 (2011年08月26日 02:01) │Comments(2)
さてさて、
昨夜習ってなんとか独りで書き込みができるようになりましたん、、

書き込みそのものは以前のブログより軽快にできるので嬉しいです、、でも、、

皆さんのコメントに返事することが煩雑で手がかかります。
以前のはコメ返しがすごく楽でしたが、ミリブロのはメンドクサイです。

あるいは教官COが正しいやり方をしらないのか、、いえいえどうもそーではなさそう・・・

それとブログ画面上で皆さんのコメントを一覧できないので
お互いのやりとりに支障をきたしています。だって誰のコメントがどこに
あるのか判らないんですよね〜(;O;)

ワシとしては皆さん同士の活発な会話が読みたいわけで、最近のコメント五本だけしかダイレクトに表示
されないというのは、なんだか受け容れられないという気がします。

このモンダイ解決できなかったらもとの古巣にもどることになりそうな予感があります、、グスン(;。;)

皆さんのご意見をいただきたいですよん、、

以前のブログ http://www.ichironagata.com/blog/
と比べてみてくださいな


  


Posted by 市 at 02:01Comments(2)

2011年08月26日

ああ、紅きクナイ(*^_^*)

市 (2011年08月26日 01:18) │Comments(0)


紅の色は情熱を感じさせますね〜

美しい女性がこういうモノを持っていたら

もうそれだけで求婚したくなります(^◇^;)

〝この世は楽しいものではある、が、難をいえば妻を一人しか娶れないことである〟
by ゲーテ ナガタ(^_^;)

はははは、冗談ジョーダン、、、気にしないで、、、本心ですが・・・(^◇^)

この女性は手術のスタッフをされているそうです
その、とても知的な容貌をお見せできないのがザンネンですよ〜

カラークナイはいつ発売かですって?

う〜ん、、まだメドがたっていませ〜ん(;O;)

なんとか 今年の終わりごろには出したいですね〜


  


Posted by 市 at 01:18Comments(0)

2011年08月25日

クナイが医療の場で・・・

市 (2011年08月25日 22:51) │Comments(1)


皆さん、おはばんよ〜
新しい方々に説明しておきますが「おはばんよ〜」というのは今アメリカは朝で
日本は夜なので「お早う」と「こんばんは」を合成したものですよん

いわば「国際間リアルタイム挨拶」の今後の方向を示唆する予感、、ちゅうわけです(^o^)

さてさてブラックホールで購入されたドクターからの映像が届きました〜!!
顔を出してもかまわないとおっしゃってくださいますが、やはりどんな卑怯者に
狙われるかわからないので(-_^:)顔にはモザイクを入れさせていただきましたん

えー、ちなみにこの方は三十郎さんではなく他のドクターで〜す
じつは全地球のほとんどの男たちがうらやむ「産婦人科」のドクターなんですよね〜\(^O^)/

クナイはタフプロ社でも扱っていますが、あちらでもドクターからの注文が
目立っているそうですよ〜

なんでもクナイの後の部分で身体のツボを押すと楽になるみたいですよ〜

コレゾマサニ「活人剣」ナノデアル(^_^)







  


Posted by 市 at 22:51Comments(1)

2011年08月25日

LIMCAT(SATマガの記事より)

市 (2011年08月25日 15:49) │Comments(1)


「チャレンジャー」という9mm拳銃をミッキーから譲り受けた。ナウリンが天才シューターであるミッキーのために作った特別製の拳銃だった。
 STIフレイムに6インチのロングスライド。ぼくとつな佇まいというか、荒いパーカライズ仕上げが「剛の者」という風情。
 こいつは味もそっけもないかも知れない。だが戦場の太刀、または実戦的な長巻という雰囲気を漂わせる。逞しい戦闘力が横溢したその剛銃、平和時には人々にうとまれるだろうがワシは惚れている。
 これを玩んでいるうちに、ワシはSTIをベイスにしたスティル チャレンジ カスタムが欲しくなった。
 よし、今ジョニーに電話しよう。
 こうしてワシはリムキャットを得ることになってしまったよ。

  うーむ、これは理解に苦しむことだな~
と、ワシは考えてしまう。
 だってワシにはSIG X5という立派なスティル チャレンジ用のカスタムがあるんだからね。
 ドイツSIGが作ってくれたショートスライドの銃で世界に1挺という特製だ。スライドとバレルの予備は二組もあり、数年間の試合に備えるだけの体力がある。
 これで、練習においては100秒を切ることもある。100秒を切れるということは、遠からず70才になるという市老にとっては大したことなのだ。このX5にはすっかり満足しており、その存在は素敵な妻のように歓びだ。

 なのに浮気モノのワシは突然のように新しいカスタムを注文した。
 リロン的には不必要なカスタムをオーダーしたわけで、ここんとこが自分でも理解できないわけだね~ 、うーむ・・・。
 どうしてそうなったのか想い出してみた。
 どうも、ある引き出しを開けたことから始まったようだ。そこにはSTIのフレイムだけが入っていた。グリップもなければハンマーだのスィアなどのパーツもいっさいナシ、生のフレイムだけだった。はるかムカシにSTIを訪問したときにもらって忘れていたものだった。
 さて、法律で拳銃といえばフレイムを差すわけで上のスライドは無関係だ。そのわけは登録のためのスィリアルナンバーがフレイムに打たれているからだ。なのでフレイムさえあれば合法的に1挺の拳銃ができる。再登録の必要などまったくないわけだナ。
 んで、フレイムを眺めていると
“どんなテッポ作ったろか・・・”
と想像できてなかなか楽しい。
 ちなみに、わがキャリフォニア州ではSTIを買うのは難しい。STIはこの州では禁止なのだ。難しいというのは可能という意味でもある。つまりオマワリさんは買えるわけで、彼らから後で買い取るというカタチなら可能というわけで、このゆるやかさはサスガ米国だね。
 
 ワシはSTIが大好きだ。
 1911系だったらこれしかないと想っている。
 理由はタマがどっさり入るからだね。
 砂漠ではハンマーとフレイムの間に砂が溜まるのでグロックのほうが役立つが、アッシにゃイスラムさんと事をおこす気持ちなどござんせんからこれでええんでござんすよ。STIの方が遠くを撃つには向いてるんでござんすしね~。

 銃というものは撃てば撃つほどに射撃の難しさが解ってくるもので、銃を持って闘うとなればやはりタマ数は多いほどよいという気持ちになってくる。人間という生き物は身体のどこにでもタマが当たれば死ぬというものではなく、急所をヒットしないかぎりは即死しないわけで、なかなか一発で倒すことはできないものと考えといたほうがいい。
 拳銃で闘うということはライフルとは違って距離は近いと想定されるわけ。じっさいガンファイトの距離は2mから6mあたりが多いというデイタもある。この距離で相手も拳銃を持っていたら相打ちになる可能性もある。こっちが1秒先に撃ったとしても、急所を外したら相手も撃ってくるわけだ。なので至近距離では初弾で悪漢を殺す必要がある。即死させなかったら相手も撃ってくるのだ。
 だからタクティカル射撃では徹底的に初弾の能力を上げることになる。精度精度精度、そして次にスピードだ。そして強いマインドというわけだね。
 で、いくら訓練を積んでも本番でその通りに撃てるとは限らない。だから本番では連射をする。ダダダッっと3発くらいはイッキに撃つ。1発で倒すという技術を身につけ、そのように撃つわけだが、それを信じ込むわけにはいかない。だから連射で倒すということだね。
 で、普通の1911でこれを2回やったらもう残弾がやばい。なにしろワシとしては1人に対して5発は撃ち込もうと考えているからね。いくらマグチェンジが早くできるといっても約1.5秒はかかる。6m以内ではこの空白は命とり、この間に相手は弾倉が空になるくらい撃てるしシロートでも4発は撃ってくるだろう。 
 
 「4人の悪人に3~5発の連射を浴びせたい」
 これが拳銃に対するワシの希望なんだね。
 STIはこの要求を満たすわけだ。
 で、そこで、ワシは9mm弾を選ぶ。
 理由は、より多弾数だから。
 .45ACPや.40キャリバーがガンファイトに適す、とFBIは結論している。
 とはいえ、.45口径でも急所を外すと即倒はしないというケイスもゴマンとある。
 .45口径で頭を撃った場合でも目よりも上の大脳に当たると倒れなかったという例は多く、鼻のあたりを.22口径で撃てば即死するという事実もあるわけだ。
 銃はなんであれ急所を撃てば瞬時に倒せ、大口径でも急所でなかったらすぐには死なないというのが本当のところなわけだ。

 なのでワシは9mmを選ぶわけ。
 また、サヴァイヴァル用のためのタマとして考えても9mmがよい。その理由は、自分が持って出られるタマにはかぎりがある。ほんとうは千発ほしいが重くて大変すぎる。だから500発あたりがいいところだろう。現実的には5本の弾倉に20発ずつで百発、そして50発の箱入りが四つないし6箱だろう。
 タマが少なくなるということはおそろしいことだ、なので補充は常に考える。いったん家を離れたとして入手しやすいのはどのタマか、と想うに9mmが浮かぶ。たとえば民間の屋外射場に行けば地面に9mmの(撃てる)タマがよく落ちており、ヤッキョウの割合もうんと多い。スティル チャレンジやビアンキカップの練習射場にいけば9mmのライヴを一箱集めるのに苦労はいらない。信じられないかも知れないが、野原で射撃を楽しんでいる連中もやたらと新品のカートリッジを落として拾いもしないで帰るものだ。これが自衛隊だったら新聞に載るがアメリカ人にはそんな感覚がない。ちなみにワシ自身が射場で撃ち、翌日にまた行ったら自分のタマが落ちていた、なんてこともよくある。ウチにくるお客様シューターたちも、日本人やポリスを含めてよく落としていく。エアガンのBBの値段の高いヤツみたいな感覚しかないわけだ。まちがって焚き火に入ることがあり、バーンと音がしてオーッと驚くことがあるがヤッキョウが破裂するだけで弾丸がビューンと飛んでいくことはないので、まあ2mも離れていれば安全だ。でもヤッキョウの破片が目に刺さったら失明する可能性はあるがね。
 ま、このようにあちこちに9mm弾が落ちている光景をヒンパンに観ることでワシの心は9mm寄りとなっていったわけだね。入手しやすいタマというのは良い選択かと。

 そんな理由から、ワシはいつも枕の下にある38スーパーコンプのSTIのカスタム「ブラックウィドウ」は家での防衛専用と考えるようになった。なにかの理由で即座に家を飛び出すことを考えると、コイツを握って飛び出すわけにはいかないのさ。なにしろスーパーコンプを撃つシューターなんて1万人に1人いるかといった割合でどこにも売ってないしね。なので枕の下の銃も9mmであるべきだと想うわけ。

 と、いろいろと理屈をつけるが真実を言えば「ただ新しいテッポが欲しいだけ」これに尽きるんだけどナ。笑

 “ワシもリムキャットみたいなクールルッキン(かっこええ)な銃でスティールを撃ってみてえもんだな~・・・”
 とワシはジョニーに話したよ。
 “おおう、そんならフレイムさえ送ってくれたら特急で作るけどね~”
 と穏やかそうな性格のジョニーは即答してくれた。数々の有名シューターがリムキャットを使っているというのに彼には威張った様子などみじんもなくて好感がもてる。
 “なるたけ軽くしてな~”
 と、頼んでおいた。

 ジョニーは早々と完成させて送ってくれた。
 まず、その格好良さに目を奪われる。
 X5が良妻賢母ならリムキャットは酒場で知り合った派手気味の美人かな・・・。オシャレが上手くてキレイキレイなのでついフラフラと付いて行くんだね。笑。ショクン、性格の異なる妻を二人持つということはとても素晴らしいことだよ、あっ、失敬シッケイ、妻ではなくてレイスガンのマチガイね、誤解しないでな。
 そしてその軽さがなによりも嬉しい。スライドをテッテ的にくりぬいて軽量化され、長いが軽そうなアルミのコンペンセイターが付いている。この新しい妻はよく痩せておりバンビのように駆け足が早そうだ。
 それが届いたのがビアンキカップの直前だったので、ちょっとだけ試射をし、カップが終わってから本格的に撃ち始めた。
 まずはタイトグループという火薬が3.5グレイン入ったX5用の弾を撃ってみる。するとかなりジャムが起こった。スライドの動きがあまりスムーズではない。
 出来たばかりのカスタム拳銃が初めから順調に動くことはあまりない。
 たいていは火薬を多めに入れたタマを千発くらい撃つことで動き始めるものだ。ジョニーも千発の暖機運転をしてほしいと言う。
 そこでビアンキカップのタマを撃つ。これを200発ほど撃ったら急に動きはスムーズになった。そこでまたX5のタマを撃つ。かなり良くなったがやはり250発中2~4回のジャムが起こる。この場合のジャムの種類は「ストーヴパイプ」と呼ばれるものでケイスがイジェクションポートに挟まるという状態、これは火薬量の不足かリコイルスプリングやハンマースプリングがタマに対して重すぎるという原因なことが多い。たいていは火薬量を増やせば解決する、がそうなると銃のキックは強くなりスピードが出しにくくなる。シューターにとってここらの兼ね合いが難しく、面白い挑戦でもあるわけだ。そこで火薬を3.7グレインまで増やしてみる、0.2グレインという増量は撃ってみてキックが大きくなったと判るほどの量ではない、が、銃がジャムらなくなるまで増やすにはこの単位で増やすとよい。
 はたして、3.7グレインで千発撃って故障しなくなった。クリーニングなしの連続千発というのは、その銃が信頼できるかどうかの条件ではないかとワシは想っている。
 ところで、
 ビアンキカップにはパワー規制があるがスティル チャレンジは自由だ。なので選手たちは「ギリギリの弱弾」で勝負に挑む。
 たとえば9mm弾の場合でよく使われるのは115グレインという重さのブレットで、これがファクトリー弾では秒速1300フィートあたりで飛ぶ。これをビアンキカップ シューターは1100フィートあたりまで減速させて反動をへらす。これ以下だと違反となるわけだ。
 で、スティル チャレンジの場合はもっと薬量をへらせる。たとえばタイトグループという火薬をビアンキカップでは4.2グレイン入れるが、スティル チャレンジでは3.5グレインあたりまでへらし初速は1000フィートを切る。このような弱いタマだと普通のオート拳銃ではジャムしてしまうので、各所を磨き込んだりスプリング類を弱くしたりと工夫する。オートの場合はスライドをくり抜いたりして軽量化をはかり動きやすくするわけだ。

 「リムキャットを撃つならタイトグループを4.4グレイン入れてモンタナゴールドの95グレイン弾を飛ばせ、このさいカートリッジの全長は1.120インチにすること」
 とジョニーはメイルで知らせてきた。
 95グレインというのは9mm弾としては最も軽い弾丸で、これはちょっと反動が軽いというわけだ。今のところワシは115グレイン弾で撃っているが、やがてはそれを試そうと想う。

 タイトグループ3.5グレインで115グレインのブレットを飛ばす、というのがワシの基本だが銃によっては3グレインまで減らすことが可能だ。リムキャットにはこれを期待していたので4.4グレインとは多いなぁ~と感じている。でもじっさいは4グレインで動くのではないかと想う、というのはX5がそれでイケテルからだ。

 さて、リムキャットの撃ち心地だが、X5と同等な良さがあると想える。
 ただX5よりもハネ上がりは少ない、が振動感が強いと感じる。反動は軽いのに、振動が加わるような気がするわけだ。これはスライドの動きが少し速いからなのかもしれない。だが、これがマイナス要因となるものではなく、むしろゆくゆくはもっと火薬を減らしても動くようになるという予感につながるのだ。

 さてさてアホウなシューターの中には、射撃の連射速度と反動とは関係ないと主張するヤツがいる。が、これは大変な勘違いだ。
 反動は少ないほど連射が速くなるのはあったり前田のクラッカーだね。
 
 エアガンより実銃のほうが遅くなる。その理由は実銃はエアガンより重いために慣性の法則によってドロウがわずかに遅くなり、トゥリガープルも重いのでここでまた遅くなる。
 そしてエアガンと実銃との大きな違いはなんといっても「反動」にある。反動とは弾丸が飛び出すと反作用で銃が真後ろに後退するという現象。発射のたびに銃口が上を向くのはグリップが銃身より下にあるからだ。もしもバレルの
真後ろを握ることができたら銃口は上を向かず反動は真後ろにくるし、バレルより上を握れば反動は下に逃げるようになる。銃を逆さにして撃てば銃は「ハネ下がる」わけだナ。
 信じがたい話だが、銃を逆さにして撃つと反動はやはり上に行くと言った自称ガンリポーターがいた。まあこいつは言うことなすこといちいちがバカの権化ではあったけどね~
 
 で、さて、この「銃口のハネ上がり」というヤツが連射のスピードを鈍らせる一番の原因といえる。上がった銃口が降りてくるまでの時間差を考えれば撃ってみる必要もあるまいよ。
 反動と連射速度とは関係ないというヤツは、44マグナムを連射したこともないのだろう。
あの銃でラウンダバウトを3秒以内に撃つとしたら至難のワザだろう。初めの二つをババンと
撃つわけだが44マグだとドッガン、、ドッガンと速度が落ちる。これは反動で銃が上を向き、身体も後ろに押されるため再度撃つ態勢にもどすのに時間がかかるからだ。

 つまり反動は小さいほど連射は楽になるということ。レイスガンというのは、いかに反動を抑えるかという課題に挑戦した銃だともいえる。

 さて、付け足しておくが、これらとはべつに銃に秘められた精度を出し、スピードを上げられるかどうかは「シューターの腕前」にかかってくるものだ。解りやすくいえば「世界一反動の軽い銃をもった中級シューターよりも
反動の強い銃を使った上級シューターのほうが巧い」ということ。もちろんこれは銃の口径が同一という条件下でのハナシ。

 とはいえ、上級シューターが反動の強い銃を撃っていると限界がきてしまうのも事実。同じレヴェルなら反動の軽い銃を持った方と勝利の女神はデイトしたがるわけね。

 なので反動を減らすためのカスタマイズをする。この発展によってシューター達の限界は破られてゆくわけだ。

 ほんでもって、
 競技射撃と実際の銃撃戦はかなりちがうものだ。試合は負けても酒を飲んで笑っていられるが、戦闘で負けたら土化するしかない、笑。銃撃戦は射撃能力よりも思考力が大切となり射撃スタンスも自分で選ぶことになる。だが、ただひとつの重要な共通点がある、それは「初弾の正確さと速さが大切」ということだ。

 銃を撃てば撃つほどに初弾の大切さが身にしみて解ってくる。
 そして、じっさい初弾というのはけっして易しくない。難しすぎる、と言っても過言ではあるまいと想う。

      ★市物ホルスタ★
 どうも初弾が遅いな~・・・
 もともとウスノロな性格のワシにとってこれが悩みなんだナ。
 SIG X5での練習ではショウダウンでの初弾が1.10秒前後で撃てていたのにリムキャットになってから1.3秒あたりとなり抜きそこないも多くなった。ちなみに速い連中の初弾は1秒以内とソーバが決まっている。だから遅いのはリムキャットのせいではなくワシがヘタだからであり、言い訳があるとしたらホルスタの違いもある。
 X5ではどうして速かったかというと、それはホルスタのせいだった。
 SIGのホルスタは自分で改造したもので、特徴はといえば、グリップからハンマーを結んだ線がよりターゲットに向いているというものでエゲツないほど早撃ちに特化したものだった。
 このホルスタによって96秒という自己記録を出せたわけだ。
 速いタイムは速い初弾から生まれる。これがスティル チャレンジの鉄則といえる。

 ビアンキカップは精度を競い、スティル チャレンジはスピードを競う。
 ビアンキカップは4種目のまったく異なったステイジに対応する必要があるが、スティルはどのコースも似かよっている。5枚の鉄板ターゲットがあり、それらをすべてヒットするまでのタイムを競うわけだ。外したら再び撃てばよく、5回撃って1番悪いタイムを捨てることができる。このためにシューターたちはコケるのを覚悟でギャンブル撃ちをする。両手を挙げた態勢からドロウして3秒以内に5枚をヒットするというのが上級シューターだ。
 たとえばラウンダバウトというステイジではワシも3秒を切れる場合が多い。この3秒の内でもっとも時間を要するのは言うまでもなく「初弾」なのだ。初弾に1.2秒、残りの1.8秒であとの4枚を撃つというわけ。これでもすごく難しいのに上級シューターは2.3秒とかで撃つ、初弾は1秒を切る場合が多い。
 鉄板競技では初弾が1秒以内というのが上級の条件といえるわけで、ワシではスモーク&ホープの近いターゲットでしか1秒は切れない。

 初弾を制する者は鉄板を制す。
 初弾遅き者は鉄板に制されるので鉄板料理でやけ酒をあおる。笑

 そんなふうなので、初弾練習は大切だ。
 で、そのためにはホルスタが自分に合っていなければならない。自分なりのホルスタを作り、あとはそれに慣れることだ。

 今年のビアンキカップにきたトモと石井にX5のホルスタを見せたところ、2人はしばし無言だった。反応は大有りでマナコをオッぴらいて言葉が出なかったのだ。やがてトモが言った。
 「一物・・・これはイチモツですね、市という文字のあとにモツと付けましょう」
 う~ん、たしかにそれは世のオンナたちが悶絶しそうな市モツであった、そこで「ウタマロ」と命名する。笑笑

 そこで市はリムキャットにも市モツを捧げようと考えた。そして半日を費やしてビアンキ社のヘミスフィアを大改造する。ヘミスフィアはあまり売れなかったために生産を中止されたが、数あるレイス用ホルスタの中でも最上クラスのヒトツで今でも愛用者は多い。

 翌日、さっそく市モツを試す。
 明らかに初弾のスピードが上がった。市は68才のジーサンなのにショウダウンの初弾目標である「マルハチマワタ」を達成できるところまで来たのでアル。

 “よぉ~しマルハチマワタ~!”
と、撃ったあとタイマーを見て市は叫ぶ。
 “あの、マルハチマワタってなんですか?” と石井が不思議そうに質問する、
 “そんなことも知らんのかい? マルハチは1.08秒に決まっとるだろがぁ~!”
 こんなの知ってるハズもないな。そう、ワシ調子がいいときはなぜかマルハチ(1.08秒)が連続して出るんだよん、笑。ちなみにマルハチマワタはフトン屋さんよ。

 スティル チャレンジはターゲットをミスっても撃ち直せばよいことになっている。だが、1発ミスって撃ちなおしをすると0.3~0.6秒くらいのタイムが無駄になる。せっかく2.8秒で撃てるスピードがあっても1発のミスで簡単に3秒を超えてしまうのだ。
 鉄板射撃の勝負どころは初弾と連射速度の「安定性」にあると言ってよいだろう。
 みんなで全力疾走をする、すると誰かがコケる、そしてまた他がコケる、どんどんコケる、そしてコケの少ないシューターが勝つ。で、コケたくなくてゆっくり走るとタイムが足りない。誰でも速くは撃てる、が外しが連続するのでそうもいかない。自分がハンドルできるスピードで走る、しかしそれもギリギリ飛ばすのでどこかでコケる。
 うんとこさ飛ばすがコケてはイケナイ。いかに五発五中を4回続けるか、ここに腐心する。

 で、やはり、
 なんといってもドロウが難しい。 
 両手を挙げてターゲットを見る。
 “アーユーレディー”
 と声がかかる。息を殺す。
 次に
 “スタンバァーイ・・・”
 とくる。このあと1秒くらいでブザーが鳴る。
 ハッと両手を降ろし右手でグリップをつかむ。このとき握り方がズレるとまずい。キチッと握れないとターゲットを捉えにくいのだ。抜くたびにわずかなズレはある、だがあまりにもズレるとバドグリップという握りそこないとなり、初弾の冴えはなくなってターゲット間のスピードも落ちてしまう。
 練習すれば判ることだが、キレイなドロウというのはとても難しい。ちょっと気が散ったり、心が乱れたり、アガってしまうとひどい抜き方をしてしまう。
 なのでドロウは何度も幾度も、何千回も何万回もやる必要がある。カラ撃ちで年がら年中やるのがよい。それでも試合の場に立って両手を挙げたとたんに不安になる。グリップを瞬間的に握れるかどうか心配になる。あの、世界でベスト5に入るマック サカイでさえドロウの不安を抱えながらカラ撃ち練習を延々とくり返すのだ。
 
 ところで去年、ワシはマックにこう言った。
 “マックや、使っているエアガンを本物のように重くして、トゥリガープルもうんと重くして練習してこいや・・・”
 するとマックは、
 “ええっ? そんなことしたら日本で優勝できなくなっちゃいますよ~”
 と言う。そこでワシは、
 “日本で勝ち続けてなんの価値がある? USスティルで勝ちたかったら他に腕をあげる方法などないぞ・・・どっちが大切なんだ?”
 と、そう言った。
 今のマックはトップシューターの1人であり、そのスピードと精度はまさにワールドクラスそのものだ。そのドロウの滑らかさと速さ、ターゲット間の瞬間移動は芸術的に完成され、人間技の限界域を見せられているような気持ちになる。だが、ここのところ優勝がない。もうひとつパワーを増強したいと感じる。エアガンでは実銃よりもずっと速いタイムを出しているわけで、これは銃とトゥリガープルの重さの違い、それに反動による遅れが原因かと想われる。なのでせめて銃の重量を増して初弾のスピードをわずかでも上げる努力をすれば結果に影響するとワシは考えるわけだね。

 さてさて、リムキャットで二千発ばかり撃ったろうか、ちょっと慣れてきた。3.7グレインでジャムもなくなった。
 そんなところにウエストコースト マッチというオアツラエむきの試合があった。
 この背景を手短に説明しよう。
 USスティルは来年からフロリダに移動することになった。この本戦はUSPSAという射撃連盟が有しており、彼らの決定による移動だった。これでは代々続いてきたレイク パイルーのスティル チャレンジが滅びてしまうと心配したジム オウ ヤングというシューターが創始者マイク ドォルトンと組んでスポンサーを募りキャリフォニアでの地区試合を開くことにしたというわけ。
 エントリー費は95ダラと安く、1日だけで撃つ。レンジ オフィシャルは雇わず、各グループでスコアもつけるというローカル色豊かな和気あいあいマッチだ。
 ワシにはスティル チャレンジのためにフロリダに行くだけの元気はないので今年が最後のUSスティルだと想われる。したがって、このウエストコーストマッチが来年からの楽しみということになる。
 もともと賞品が欲しくて試合に出るわけではない。ただ皆と集まって撃ちたいだけのこと。試合の目的は他人に勝つということではなく、去年の自分を凌駕、あるいはキープすることでしかない。このトシになると身体はじょじょに萎えてくる。パワーも俊敏さも年々衰えてくるわけで、凍りかかった池の凍結を遅らせるために頑張って泳ぎまわるひたすらな水鳥の心境だともいえる。
 射撃をやっているといろいろな付随したシゴトをすることになるのでボケ防止にも貢献しそうな気がしている。
 そういったセミ ローコマッチの第1回目の試合に出かけた。
 ムカシは毎月LAまで走って試合に参加し、トンボ返りをしたものだが今はもうそういった元気がワシにはない。なので必ず仕事を兼ねるという旅行にする。仕事をほってテッポ遊びに熱中できる若さはなくなったというわけだね。さいわい、毎月1回はタフプロに出かけて何かを試作するという仕事があり、その日程は自分で決められるので試合の日に合わせられるというわけ。余談だが、日本の地震と津波を観てからというもの真剣になってサヴァイヴァル用の背負いバッグを作っている。今月あたりにはシャバーテスト用の試作ができるので楽しみなのだ。

 で、このマッチにはアリゾナのサメジーも参加し同じホテルに泊まった。
 サメジーはアメリカでガンスミスになるという夢をもって留学している。MGCの福岡店でバイトをし資金をためながらエアガンで鍛え、その腕前は日本でトップクラスだとマックが伝えてきた。
 じつは、このサメジーもリムキャットを注文し、ワシの直後にゲットしたばかりだった。
 だが、どうも彼のリムキャットは調子が悪いと知らせてきた。ワシよりもずっと慣らし運転に苦労しているらしかった。とはいえガンスミスのタマゴだけあって懸命に考えながらどうにかリムキャットを動かせるようになっていた。
  
 ウエストコーストマッチは意外にも多くのシューターが集まっていた。90人くれば嬉しいというマイクだったが、タクマ情報では120人から来ているという。
 どういうわけか、この日の朝は寒かった。
 カネと長い日数をかけて作り上げた厚手の脂肪襦袢を着込んでいるタクマでさえ寒がっていたのだから、老骨が空気に直接触れているワシは氷の上のヘビ太郎のように血流が停まっていた。笑笑
 我々のグループはサメジーとタクマ、それとロサンジェルス シェリフが2人と女性1人の6人組だった。互いの自己紹介をしたところリチャード警察官がタフプロダクツの愛用者でワシのことをよく知っており、たちまちにして打ち解け合った。
 警察官が拳銃の試合にやってきて日本人たちとスクワッドを組んで一緒に撃つ。これは米国では普通な出来事なのだが、日本という井戸の中では想像すらできないことだ。
 やがて日本が中国の一省に組み込まれたとき、日本人たちは国防への考え方が間違っていたということに気がつくだろう。
 軍隊は国民がお金を出し合って兵を雇い装備をかためる。警察にしてもしかり。戦う役柄を背負った者たちと国民はとても仲良く、精神面でも互いに支え合い、ともに楽しく生活する。そういった国は強く、外敵も近付かない。と、こういったことに気がつくのが遅すぎないことを願うのみだ。

 で、初めは「アクセレイター」を撃つ、どうしてそれからかといえば、そこでは誰も撃っていなかったからというローコマッチならではの気楽さによる。スケデュールはなく、とにかく空いているステイジからやっつければいいというわけだ。
 とはいえ、やっつけられたのは我々のほうで、始まると皆が次々とコロびだす。
 期待のサメジーはきわだったスピードで撃つがミスが多くてトータルではよくない。かなり安定度を増したタクマも連続的にミスッてターゲット間の往復運動をくり返す。“これをタクマ ダンスと言うんだ”とジョークを飛ばし、大笑いとなってリラックスの波がひろがった。
 ワシはといえば、アクセレイターは3秒を切らないと100秒切りは可能ではない、とはいえコールド スタートで3秒を切れたことはない、とにかくコケない範囲でめいっぱい走ろうと頑張ったがどうにも外しが出てしまい、このステイジだけで3秒遅れという結果だった。
 身体は硬く、腕には大リーグ養成ギプスを星一徹さんに着せられたようにギリギリとスローダウンさせられる。
 “おかしいなぁ~、狙っているのに当たらないんだな~・・・”
 これが日本ティームとポリス ティームとの一致した感想だった。
 そしてその後も順調にボロが出てトータル スコアは去年の本戦よりは少しだけよいというものだった。
 100秒の壁に挑戦するだけの技術はあっても現実化まではほど遠いかと・・・。
 だが主役のリムキャットそのものは3.7グレインで快調そのものだった。まったくモンダイはなく、ただトゥリガーを引くヤツがノロマだったわけで、これには少々うんとこさ反省しているんだよ。
 サメジーのリムキャットはまだちょっと火薬を増やす必要があり、それでも一度だけジャムを起こした。ガンスミスのタマゴ君はこの試練を真剣に受け止めて考え込んでいる。まだ8月の本戦までは間があるので彼はリムキャットを美事に動かしてくれるだろう。

 なんといっても、初弾が大切・・・
 うん、しつこいのは判っている、
 でも、どうしても初弾の精度とスピードが大事なことなんだよ。
 初弾で決めよ、初弾で倒せ、弐の撃ちはなしと心得よ。そう、ジゲン流の教えもまったくこれだしね。
 試合から戻ったワシは、ここでまた呪文のように唱えている。
 “初弾をキレイに、まずはそこからだ・・・”
 とね。
 しかし、両手を挙げた状態から拳銃のグリップを正確に握ってスパッと抜くことがここまで難しいとは想わなんだよ。
 まあ、200発ばかり練習すればタイムは良くなるものではある、が、翌朝にそれが出来るかというと、けして出来はしないのだ。
 昨夕の名人は今朝の迷人と化す。
 それはアタマのてっぺんにあるのか関節にあるのか知らないが、そのディリートボタンが押されたように翌朝は、それこそヒロソガの大好きな言葉「別人28号」となっている。練習でせっかくイイ感触を得たのに、寝ている間にキレイさっぱりと技術は消去されている。これが世に言う「付け焼き刃」というやつかと想う。   
 ちなみに付け焼き刃の意味は「切れない刀にはがねの焼き刃をつけ足したもの。見た目は切れそうに見えるが、実際はもろくて切れない。その場をしのぐために、知識や技術などを一時の間に合わせに習い覚えること」
 いや~、まったくだぁ~! まさにオイラのことだよ~、がくーっ・・・。

 “あのなイーチ、トシくったらな、若いときよりもっともっと練習せんと技術の維持はできないもんだぞ・・・”
 と、ロン パワーさんに言われたことがあるが、今のワシはそれをつくづくと噛みしめているところだよ。
 まあ、そんな無理するこたゼンゼンないのだが、なにしろ射撃は楽しくて止められないんだよね~、それだけのこったよ~。ヘタの横好きってなかなか楽しいもんなんだなぁ~

 んで、横好き野郎の頑張りを発揮するために朝飯前の練習をしている。
 目覚めてから一杯のお茶を飲みながらブログをちょいと書き、リムキャットの入ったレンジバッグを肩にホキマ射場におもむくのだ。
 ここにはペンジュラムしかないが、ワシには他のステイジなど必要ない。ここで初弾練習を時間の許すかぎりやっている。各ターゲットを右から1発ずつドロウして撃つわけだ。連続して5枚を撃つ資格は自分にはないと感じている。大きいの、小さいの、近いの、小さいの、そして大きいの、と5枚のターゲットを5回のドロウで撃つ。タマはダミーと半々なので経済的だ。じっさいタマが出ないときのほうが自分のクセが判明するので反省材料となる。
 手を挙げる、ブザーが鳴る、ハッと抜く、そしてトゥリガーを引く。キレイに抜けたときはダットがターゲットの真ん中に停まる。そうでないときはダットは外にあるので修正して撃つ。どうかすると遠いターゲットを1.08秒で撃てる。1.20秒なら巧くいったとき、1.30でもそう悪くはないだろう。だがちょっと遅れたなと想うときは1.4秒までいってしまう。で、ちょっと気が散るとターゲットミスをする。
 ただ銃を抜いて撃つだけという単純な動きなのに千変万化のドラマを感じる。驚くべきは、トゥリガーを引くというだけの作業もガクッとやったりクイッとひねったりグラッとなったりで毎回違うのだ。機械と人間との差をつくづくと感じてしまう。
 ここんところ、こうして毎朝100回ほどドロウ アンド シュートをしている。つまるところ拳銃撃ちの醍醐味はこの単純作業に凝縮されているような気がしており、のめり込むような喜びを感じている。単純作業とはいえ、早抜きは難しいものだ。無駄のない正確なドロウ、それに左手を添えるタイミングがこれまたとても難しい。
 本戦まで40日ほどという今、この練習がどれくらいの成果を上げるのか判らない、しかしやらないよりはマシだろうと想う。その間にひょっとしたことでバババ~ンと雲間から陽が差して、こここ、コレだ~!!という開眼の時がくるやも知れない。まあ、ちび~っとだけ巧くなるのが現実だろうけどね~・・・。

 かくして100切りを目指しているワシは最高級なリムキャットを撃ち始めた。

 弘法筆を選ばず、という言葉があるがアレは弟子達がかってに言ったのだと想う。
 弘法さんに直接インタヴューして本当に筆など選ばないのか問いただしたところ、次のような返事が返ってきたよ、

 “君ねえ、ヤッパ良い筆のほうがいいもん書けるにきまっとるよぉ~! でな、良い道具って持ってて嬉しいだろ? 楽しいだろ? その気持ちからやる気も生まれるわけでね~。だから愚僧は旅の途中で筆屋の前を通りがかると必ず立ち寄ってより良い筆と硯を探すんだよ。これがたゆまぬ努力というやつなんだな~。だから君もリムキャットをゲットしたのは正解だよ~ん!”
 さすがに出来た人間は磊落だった。まったく飾ったところがなかった。そして弘法さんはリム猫印の饅頭をだして、こう言った。
 「市さんよこれでも、くうかい?」
 ちなみに空海と弘法さんは同一人物らしい。
 なははは、ではまたっ!
  


Posted by 市 at 15:49Comments(1)

2011年08月25日

アウターの特訓

市 (2011年08月25日 14:23) │Comments(1)語りのプラザ

COはアウターでの移動でシューティングボックスに足を引っかけるクセがあるのを発見され
石井による特訓を受けました。真夏の炎天下で100回跳ぶというものです。

COは二十歳、大学生、スティル チャレンジへの挑戦代45万円はパチンコ屋で働いて貯めた
そうです。パチンコ屋だと時給が1250円と高いので頑張ったわけですが、コンタクトレンズを
しているためにタバコの煙で目が炎症をおこして辛かったそうです。
来年のためのバイトはどうしようかと悩んでいます。

COは若さゆえのオッチョコチョイですが、とても素直で好かれます。
お父さんがテッポとエアガン好きな警察官だったそうで、エアガンの魅力を
教えてくれたのもこのお父さんだそうで、これは幸運としかいえませんね〜\(^O^)/

親が反対するか賛成するかで子供の育ちかたには違いが出るわけで、、、

石井理論では、エアガンに反対する親は職業から結婚相手にいたるまで口をつっこんで
くるものであり、そんなことでは子供が独立できるようにはならないのだと・・・。  


Posted by 市 at 14:23Comments(1)語りのプラザ

2011年08月25日

タクレット N モデルで〜す

市 (2011年08月25日 14:01) │Comments(1)タクレット
これがNRA対応のタクレットですよ〜ん(^^)IDの入るポケットが前面に付けられます。
電話のポッケにはフタを付けましたが、これは軽快感を損なっているような気も・・・
でも安心感はあるんですよね〜


  


Posted by 市 at 14:01Comments(1)タクレット

2011年08月25日

ブログ教官

市 (2011年08月25日 13:20) │Comments(1)語りのプラザ
これがCOです。
すっごいハンサムです。
だけどアタマの中にはまだ詰め物が足りていません(^○^)
まずは前髪を上げさせようとと全員一致で決めましたよん♪イヒヒヒヒヒ

  


Posted by 市 at 13:20Comments(1)語りのプラザ

2011年08月25日

スティル チャの想い出

市 (2011年08月25日 13:00) │Comments(0)語りのプラザ

ワシのリムキャットをマックが使い、4位となりました。
KCというシューターもリムキャットを使い3位でした。
JJもリムキャットでマックの下につけました。

過去に優勝した3人がリムキャットを使ったわけなんですね〜(^O^)/
リムキャットのジョニーは嬉しそうです〜ん♪
  


Posted by 市 at 13:00Comments(0)語りのプラザ

2011年08月25日

学習の図(^o^)

市 (2011年08月25日 12:47) │Comments(1)語りのプラザ
ミリブロ引っ越しのためCOと石井の特訓を受けていま〜す(^_^)
なにしろCO-Uのはニガテなんですよね〜(@_@;)
  


Posted by 市 at 12:47Comments(1)語りのプラザ

2011年08月25日

こんにちわん

市 (2011年08月25日 12:26) │Comments(14)語りのプラザ
え〜、、感度はいかがですか〜?
市  


Posted by 市 at 12:26Comments(14)語りのプラザ